心のサークル(blog版)

心のサークルは、スピリチュアリズムを学べますが、オープンな初心者向です。

第151回 心のサークル報告

【と き】  2023年6月18日(日)、14時~17時

【ところ】  シルバーセンター+ZOOM

【参加者】 進行:US、記録:SK

US、ST、HM、IK、SN、Mi、Su、AK、SM、SK   以上10名

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(1)』の読書会

 

 

STさんが久しぶりに会場まで来てくださいました! Zoomではお会いしていましたが、会場で会えるのはやはり嬉しいです。そしてもうひと方、お久しぶりのSMさんの参加です。体調が悪いという噂を聞いていて気になっていましたが、とても顔色がよく元気そうで安心しました。

 

通信不具合でZOOMが繋がるまでバタバタすることが続いています。画面の向こう側の方々お待たせしております。スピリチュアルの現場では電気系統の邪魔がよく入ると言われています。Suさんが通うキリスト教会もそういうことがあり、この現象もそうかしら? サタンの仕業!? なんて噂をしてましたが、さて、どーでしょうかね^^ そーこーしているうちに準備完了。それでは輪読始めましょう。まずはシルバーバーチの祈りから。そして第4章です。

 

 

 

   4章 物に惑わされない生き方

 

 

 

その日その日の煩わしい雑事に追いまくられ、心配事や悩みごとを抱えた生活を送っていると、時としてあなた方は、なぜこんな目に遭わなければならないのかと思ったり、また、これもよくあることですが、気持ちの通じ合った仲だと思っていた人から冷たい態度にでられたりして、理想を求める旅路で初めて光を見た時の感激をつい忘れてしまいがちです。p68

 

 

>気持ちの通じ合った仲だと思っていた人から冷たい態度にでられたりして・・・

 

こういう日常の具体的な例が書かれているのは珍しいなぁと思いました。

各論ではなく、どんなことにも通用する基本を説いているのがシルバーバーチなのですが、些細なことで悩む私たちの実態をご存知だろうか!?などと思ったりしていましたが、ちゃんと細かいところまでみているんですね!

 

人間の悩みの多くは人間関係だとも言われています。先日、ある動画で、地球は様々な霊性の魂が集まって「和すること」が出来るかの実験場だとの発信を見ました。実験結果は「和することは無理」だったのだそうです。

 

人は深く関われば関わるほど、不和を招いてしまうような気もします。関係を大事にしたいならある程度の距離感が必要なのかもしれないと思うこの頃です。

 

それにしても急に冷たくされるって結構な大事件です。なぜ?いつ?何が?と、推理小説のようにミステリアス。でもよくあることなんですね。わたしにも身に覚えがありますが、みんな同じような経験をしてるんだなぁと妙なところで感心しました。

 

肉体という物質の牢に閉じ込められ、意識を制限された状態で物的生活を送っているあなた方には霊と心と身体の関係について明確な理解を持つことは不可能です。気苦労の絶え間がありません。身体の要求を満たしてやらねばなりません。そうした息つく暇もない生活の中であなた方はつい意識の焦点をはずし、支援しようとして待機している背後霊の存在を忘れがちです。P68

 

瞑想が大事だと多くのリーダーたちは口をそろえて言います。それが背後霊との繋がりを強固にしてくれるのだと。しかし、一番背後霊との繋がりを求めているときは、心に不安が渦巻いているときなので、心の集中はとても難しいなぁと思う最近です。

 

 

霊は全生命の創造力であるからこそじっとしていることができず、どこかに新しい捌け口を求め、従って満足することがないのです。何も霊媒現象を通して働くばかりが霊力のではありません。芸術家を通して、哲学者を通して、あるいは科学者を通しても発現することができます。要するにあなた方自身の霊的自覚を深める行為、あなた方より恵まれない人々に何か役に立つ仕事に携わることです。看板はなんであってもかまいません、かかわる宗教、政治、芸術、経済がいかなる主義・主張を掲げようと問題ではありません。実際に行う無私の施しが進化を決定づけるのです。P81

 

 

Miさんからのシェア。

霊媒能力を身につけたい、最近少し視えるようになってきました」という話をみなさんからよくされるのですが、霊力は視えることだけではないと思います。本当はすべての人に霊力があり、普段の生活の中で霊力を発揮することができます。芸術家や科学者の仕事を通じてでももちろんですが、トイレ掃除でも霊力は現れると思います。

 

 

トイレ掃除を例に挙げられましたが、このいかにもの日常の仕事の中で霊力を発揮できるとはどういうことでしょうと伺ったところ、こういう例えなら分かっていただけるでしょうか、と続けて話されました。

 

東日本大震災の時に困ったこととしてトイレの問題があったと思います。あのとき、全国の汲み取り業者の方がバキュームカーで駆けつけてきてくださっていました。あまり報道されていないのは排泄の仕事に差別意識があるからだと思います。しかし、とても大切な仕事だと思います。汲み取り業者の方の「自分はこの仕事に誇りをもって携わっている」というインタビューを見ました。それを見て、汲み取りの仕事をしてくださっている人々がいるから私たちの生活が成り立っていることを認識しました。

 

あの時たくさんの業種の人々が助けに来てくださっていましたが、この事は知りませんでした。大勢の人が長い間避難所で生活し、仮設トイレを使っていました。汲み取りをしてくださることは、どんなにありがたかったことでしょう。私たち人間は必ず排泄します。臭くて汚い。でも誰かがやらないと大変なことになってしまいます。その仕事を引き受けてくださって、誇りをもってやっておられる。すごいなぁと思いました。

 

他人の為に何かをしたいと発言する私ですが、どこかに驕りがあるような気がすると思っています。いい人になりたいという自分のエゴにすぎないのではないか?と。人のために!と躍起になるのではなく、与えられた仕事を一生懸命やることをもう少し見つめた方がよいのかもしれないと思いました。そのうえで何かの奉仕をするときは、無心にできればいいなと思います。

 

霊的に成長したい、霊界を知りたいと、スピリチュアリズムを勉強していると現実世界の仕事のことを軽視しがちです。こういうお話を伺いますと日常を生きることだけでも尊いことなのではないかと思います。

 

ついこんな暴露を!

 

私は炊事は好きではないのに主婦なので40年間も家族の為に食事を作り続けています。こんなことでも霊力の発現になるんでしょうかね?

 

参加メンバーから「当たり前と思っている事でも感謝しなければなりませんねー」と労ってもらいました。そしてみなさんから拍手が・・・。照れますなぁ。ありがとうございます。私の仕事が初めて称賛された瞬間でした。まさか拍手をもらえるとは! とても意外でした。そしてちょっぴり嬉しかったです。

 

そしてこんな連想をしました。私が命を終え、霊界に戻った時、もしかしたら迎えてくれる霊人たちはこんな風に私の一生をお疲れ様と労ってくれるのかもしれない、と。この日、私の当たり前の日常に拍手をしてもらったように。

 

 

地球は完全な状態で創造されたのではありません。個々の人間も完全な状態で創造されたのではありません。完全性を潜在的に宿しているということです。その潜在的完全性が神からの霊的遺産であり、これを開発することが個人の責務ということです。それには自由意志を行使する余地が与えられています。善か悪か、利己主義か無私か、慈悲か残酷か、その選択はあなたの自由ということです。ただし忘れてならないのは、どちらの方向へ進もうと、神との縁は絶対に切れないということです。神の力とエネルギーと援助を呼び込むための手段は常に用意されています。しかしそのためには時には魂の奥の間に引きこもり、その静寂の中でできるだけ神との融合を保つことを怠ってはなりません。P84

 

 

先日、「不在という存在」(富田真人監督)という不思議なタイトルの映画を観ました。案の定とても難解でした。何を訴えたかったのか?とパンフレットを読んで合点。テーマは「神」でした。

 

「神は死んだ」。ニーチェの言葉が書かれていました。ネットで調べたところ、それは「虚無主義」なのだそうです。

映画全体が混沌としていました。混沌とは神がいない現象なのだなと改めて思いました。

 

人は神は死んだ、いないと言いながら、本当は神のいる秩序ある世界を求めているのではないかなぁとも思いました。不在という存在。矛盾する表現だけれど言い得ているとも思いました。

 

シルバーバーチは神の存在をこういいます。

 

ただし忘れてならないのは、どちらの方向へ進もうと、神との縁は絶対に切れないということです。

 

人間が神に背を向けることがあっても、神は決して人間に背を向けることはありません。P75

 

私はいままで神に背を向けたことはないと漠然と思っていました。でも、取越苦労や心配、不安の念でいっぱいになっているとき(しょっちゅうですが…)、私は神を忘れているのです。

 

でも取越苦労に苛まれながらも、やはり神はいる(神は在る)と思っています。なので私の人生に悩みはあっても混沌はないとは思えます。

 

一口に進化と言っても、そこには必ず潮の干満にも似た動きがあることを知って下さい。循環運動、周期運動、螺旋運動------こうした運動の中で進化が営まれており、表面は単調のようで内面は実に複雑です。その波間に生きるあなた方も、寄せては返す波に乗って進歩と退歩を繰り返します。物的繫栄の中にあっては霊的真理を無視し、苦難の中にあっては霊的真理を渇望します。それは人生全体を織りなすタテ糸とヨコ糸であるわけです。

もしも現在の自分に満足しはじめたら、それは退歩しはじめたことを意味します。今の自分に飽き足らず常に新しい視野を求めている時、その時こそ進歩しているのです。p81

 

 

 

 

次回 第152回 心のサークル お知らせ

 

 

【と き】  2023年 7月16日(日)、14時~17時 

【ところ】 宮城県歯科医師会館 第四会議室+ZOOM

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(1)』 

【持ち物】 上記書籍をご準備ください。

      <書籍が手に入らない場合はお声がけください。資料作ります。>

【参加費】 喜捨

【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。

 

日常を離れた空間で、ともに学びましょう!

 

新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。

【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com