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心のサークル(blog版)

スピリチュアリズム学習会用のブログです。

スピリチュアリズム理解のための検証(その二)

(1) スピリチュアリズムによる検証11=自殺について =

 相変わらず、著名人の自殺のニュースが絶えない。周囲でも多くの友人が自殺している。自殺サイトもあるそうで、困った状況である。日本の自殺率は、十数年連続3万人台で、政府も自殺対策ホームページを作り、予防に本腰を上げ始めている。自殺によって、眼前の筆舌に尽くし難い苦悩から逃れたいという動機は、深く共感に値するけれども、そこには、死ねば意識が無くなる楽になるという唯物的で利己的な死後観が背景にあると思われる。
 さて、スピリチュアリズムから見た自殺者についてここでは述べたい。自殺者は、死後を認めず、頑固なまでに意識を閉ざしてしまうため、多くは幽界下層で苦しみながら光の届かぬ暗闇の世界で生きるようである。通常は、地上界でいうところの長年月を経て、自ら苦しみ抜くことで、カルマが償われて、自縛霊を脱する。また、自殺を選んだ動機によって、半強制的な地上界への再生(カルマの代償的再生)から、短期間の救済まで、いろいろな段階があるようである。
 幽界なので、霊界上層から多数の救済霊が、降りてきて、救済活動にあたっている訳であるが、意識が開かれない限り、救済の手は届かない。自殺は霊的法則に反する重い行為であるので、死後の苦しみの大きさを考えると、是非思いとどまっていただきたいと心より願うものである。生前に死んでも死なないという霊的真理を心に刻んでおいていただきたい。

「人は神法に従って生きていかねばならない、神法は常にその働きが完全であるから。神法は完全な愛のよって、また、万物の中にあり物質の中に働く神によって統制されている。人はこの法の働きに干渉する何の権利ももっていない。もしこれを犯して自分の命を縮めればその代償を払わねばならない。
 リンゴも熟する前に木から落とせばその実に甘味をもつことはない。人もその霊の準備が整う前に死に追いやれば、その調整をとり直すために永い時間を要し、当然その報いをうけることになる。
 またこのことによって、自殺者は愛する人々から引き離される結果を招く。何となれば、彼はその間に溝をつくるからである」(「シルバー・バーチの霊言集」から引用)

 地上人の傍らには神の使徒であり、自身の類魂でもある守護霊が常に存在し、見守ってくれている。神や守護霊の深い愛を見いだして、地上に生を受けた誰もが強く生き抜いていただきたいと願う。
 
「皆さんは決して1人ではない。1人きりで困苦と闘うようには決して創られてはいない。目に見えず、耳には聞こえず,手には触れないが、霊の影響がいつも貴方をとりまいている。もし地上が,この霊魂の実在に気付いてくれれば、地上は必ずやその姿を変えていくものを」(「シルバー・バーチの霊言集」から)

(2)スピリチュアリズムによる検証12=除霊と精神病について=

 いわゆる統合失調症(分裂病)は、100人に1人の割合で発病し、かっては不治の病として、歴史的に本人だけでなく、家族まで、偏見や差別を受けてきた。近年、ドーパミンなどの脳内物質が過剰に分泌されることがわかり、これをコントロールする薬物療法が、治癒率を上げている。しかし、肉体レベルでの解明に留まる限り、真の原因はわからず、7〜8割は、緩解しない現状である。やはり、統合失調症も霊的レベルで見る必用がある。
 スピリチュアリズムでは、世間で言われるほど霊の祟りとか憑依現象が関係する病気は少ないとしながらも、低級霊が関係することがあるのは、精神病だとしている。
 低級霊による憑衣現象に対処するには、低級霊が働きやすい心の状態にならなければよい。たとえば、霊に対する興味本位の関心や強い恐れを抱く人は気をつけなければいけない。常に霊的真理に従って生きるという高い意識を持ち、日々切磋琢磨している人には低級霊は近づかない。
 精神病の多くは、前世のカルマと霊媒体質が関係している。霊媒体質は、修飾因子にすぎないが、心霊治療特にスピリチュアル・ヒーリングが、精神病に絶対的な効果を示すことがあるのは、患者が苦しみの中から心の浄化を経て、カルマの償いができた時である。だが、多くの精神病患者は、その時期に至らない事が多いので、特に手に負えない時は、病院に入院させ、対症療法ではあるが、自然治癒を待ちながら,薬物療法に頼る方が良い。 
 通常の除霊では、一時的に霊が離れるだけなので、患者本人の意識レベルが変わらない限り、永続的な効果は期待できない。また、カルマも消えることはない。なぜならば、カルマの解消には、本人の霊性向上への苦悩の期間が必要だからである。これに対して、精神科医ウィックランドなどの除霊治療の症例は、患者本人の意識の目覚めとタイミングが一致し、驚異的な治癒率を示した近年のスピリチュアル・ヒーリングの代表的な例だと言える。ここに霊界の霊医と連携し、霊的レベルで治療するというホリスティック医学の進むべき未来の方向性が示されていると思う。

「憑衣された人物は、憑衣されるだけの条件を自分で作り出しているのであって、憑衣とは全く本人の問題だ。たとえば、もし人が愛や奉仕の強い希望を持てば、これを助けてくる高級な霊魂を引き寄せる。憑衣にもこれとまったく同じ法則が働いているのである。この法は善いことのためにだけ働くのではなく、反対の悪いことの場合にも同じように働く」(「シルバー・バーチの霊言集」から)

(3)スピリチュアリズムによる検証13=瞑想や祈りについて=

 高級霊界通信は、いずれも瞑想や祈りの必要性を訴えている。瞑想や祈りを
実践することで、地上界で希薄化した霊的意識を呼び戻し、神や守護霊と深く
繋がることできる。これにより、霊的エネルギーを補給することになる。利己
主義を捨て、霊主肉従に生抜くためには、たとえ短い時間であっても、日々こ
の祈りの一時がどうしても必用である。
 霊的意識を上げて行くには、三つのステップが不可欠である。まず、準備段
階として、1人だけの静寂な場所と時間が必用である。次に、既存の宗教のよ
うに呼吸法、瞑想法、断食、音楽などを実践しても良いが、高級霊界通信など
を精読して、霊的意識を高揚させる。最後に、神に語りかけ、魂の触れ合いを
求める。人々の役に立ちたいという純粋な動機に基づく、愛に満ちた利他的行
為や奉仕の願いは、必ず守護霊を介した神の援助が得られる。この三ステップ
を踏むことにより、ヨーガにおけるニルバーナの世界のような、神と一体とな
った至福体験ができるのである。
 また、TM瞑想法、ダイナミック瞑想法、イメージ瞑想法、ビジョンクエスト
など様々な瞑想法があるが、自分にあった瞑想法を選択すべきである。
 瞑想は、霊的世界との接近が伴う。幽界の低級霊が入り込む隙を作らないよ
うに霊性の向上を願うような利他的な動機を常に持ち続けることが、必要であ
る。特に霊媒体質者は、瞑想よりも霊的真理を述べた本を読むように努める方
が、安全である。瞑想により出現してくるサイキックな現象に対しても、平然
とした態度で望みたい。
 
 ヘミシンクも瞑想的要素があり、常に祈りを捧げてから臨む方が安全である。
ヘミシンクを重ねていくと、様々な霊的現象が出現してくると言っても良い。
しかし、アイマスクのスクリーンに見えるヴィジョンに多くの低級霊の想念が
混入してくる危険性は、否めないであろう。霊性の向上という純粋な動機を持
ち続け、かつ、自戒しながら、霊的世界とアクセスすることが、最も望ましい
と思う。また、遭遇したヴィジョンに振り回されないように、日々実践しなが
ら、検証する姿勢も大事にしたい。客観性が低い暗在系の世界を対象とするが
故に。

『祈りとは唯一つしかない。即ち「どのように奉仕したらよろしいか、お教え
ください」これである。この神と人類への奉仕の願い、これより大きな仕事は
ない、これよりまさる愛はなく、これに過ぎる宗教も哲学もない。どの道で奉
仕するかは問うところでない。たとえば神法の真理を述べ伝えるか、飢えた人
に食を与えるか、または苦しむ人の心から悩みを取り除いてやるか、道はそれ
ぞれ違っても、肝心なことは唯一つ、いかにひたすら奉仕するか、このことで
ある』(「シルバー・バーチ霊言集」から)

(4)スピリチュアリズムによる検証14=動物霊について=

 古代霊シルバー・バーチの霊媒モーリス・バーバネルの奥さんであるシルビアが書いた原著を近藤 千雄氏が翻訳編集した名著『ペットが死ぬとき(When Your Animal Dies.)』の中で、シルバー・バーチに動物の問題について質問した部分がまとめて紹介されている。
 飼い主と動物とが、霊界で一緒に暮らすかどうかは、飼い主の愛情如何に係っている。両者が同時に霊界に来た時は、主人の愛のある場所が住処となるので、飼い主のところで生活する。ところが、先に動物が他界すると、一端、動物界に行って霊界の動物の専門家に世話をしてもらい、主人が来るまで待っている。こうして、主人と再開して、しばらく一緒に生活するが、やがて霊的な進化のスピードの違いから、その愛も弱まり、動物は、動物界へ行き、個性の無い類魂に融合していく。そこが、個性のある人間との大きな違いである。しかし、人間の愛の力によって動物が属する類魂全体の進化が、進むことになる。
 人間界への誕生には二種類あり、古い霊が再生する場合と動物界から誕生してくる場合があるそうである。ともに個性を持ち、自我意識があるので、動物霊に戻ることは無い。不断から深い愛情を注がれている犬とか猫は、猿よりもより人間への誕生が近いと言えるようだ。逆に人間に進化の過程では、もっとも近かったはずの猿は、霊的にいえば、進化が犬や猫よりも遅れてしまったことになる。 
 類魂全体として団結力が強く、無欲性に富む犬は、人間の次にもっとも進化した動物だとシルバー・バーチは、指摘している。確かに現実的に犬がどれほど人間の役に立っているか周囲を見れば実感できる。人命救助に携わる特殊技能犬や盲導などの福祉犬、認知症の患者などを癒すセラピー犬、さらには、犬の嗅覚は、人の千倍くらいの能力があるといわれるが、人の呼気をかいでガンを発見するガン探知犬など最近の活躍は、すばらしいものがある。人間と犬との共同作業は、今後ますます増えていくだろう。
 動物の類魂は、種としては、一回きりで、その体験を持ち帰り、類魂の進化に貢献するという。一端、人間になった場合は、また、動物にもどることはない。ただし、魂の進化には、後戻りがあり、スパイラルを描きながら進んでいく。
 人間の進化が進んでいくと、怒りや憎しみといった負の念が消えるそうだが、基本的に自然も平行して進化するので、残虐性や野蛮性が地球上から消えていく。寛容と慈愛に溢れる世界では、かっての肉食恐竜のように残虐な動物の種は絶滅していくようだ。
 心霊能力が優れた動物の例が、この本では、多数紹介されているが、人間のような文化生活に浴さなかったことが、原因らしい。人間は、文化的な生活と引き換えに心霊能力を退化させてしまったようだ。人間も、動物を愛し、自然と共生した生活を志向すれば、自ずと心霊能力が復活するだけでなく、アセンションの道に乗りやすくなると思われる。

「慈しみの心が大切です。寛容の心を持たなくてはいけません。自然破壊でなく、自然との調和こそ理想とすべきです。人間が争いを起こす時、その相手が人間同士であっても動物であっても、結局は人間自身の進化をおくらせることになるのです。人間が争いを起こしているようでは自然界に平和は訪れません。
 平和は友好と一致と協調の中にこそ生まれます。それなしでは地上は苦痛の癒える時がなく、人間が無用の干渉を続けるかぎり、災害はなくなりません。人間には神の創造の原理が宿っているのです。だからこそ大自然と一体となった生活を営む時、地上に平和が訪れ、神の国が実現するのです」(「シルバー・バーチの霊言集」より)

(5)スピリチュアリズムによる検証15=肉食について=

 ペットロスの話から、いよいよ肉食の問題について取り上げたい。多くの宗教が、肉食を禁じているが、スピリチュアリズムでは、シルバー・バーチが、肉食だけでなく、動物虐待にも強く反対している。
 シルバー・バーチが、肉食に反対する理由として、神の摂理に反する次の4項目を挙げている。

1) 神が与えた動物の命を人間が、奪うことはできない。
 地球の霊的な進化レベルは、全宇宙の惑星の中で、下から2番目の低さであり、肉食はそれを象徴するものだという。ちなみに、最も低い惑星は、火星だそうである。人間と同様に動物の生存権を認めるようにならないといけない。殺される家畜にも人間と同じように痛みや苦しみがあることを忘れてはいけない。
 
2) 人間と動物とは、利他愛に基づいた共生関係を求められる。
 地球上で最も進化している人間は、神の代わりに、動物を愛し、その進化を助ける責任がある。肉食は、最近の動物を愛するペットブームに、水を差す行為だ。確かにペットロスで悲しむ飼い主が、平然と肉を食べる生活を続けるというのは、矛盾した行為かもしれない。

3) 肉食は、大地の恵みを公平に分配できない。
 現在地球の4分の1以上の人々が日々の食事も事欠く飢餓の状態にある。肉食は、食物の公平な分配を奪うものである。なぜなら、家畜を育てるためには、何倍もの穀物が消費される。しかも、肉食の恩恵に浴している日本やアメリカでは、余った食べ物は、ただちに廃棄されてしまう。日本の影に多くの飢餓国があるわけである。神は、大地から取れた穀物だけで、人類が、公平に生きられることを保証しているという。家畜に回さずに、餓えた人々に回せば、飢餓は、この地上からなくなるはずである。真の人類愛は、肉食生活からは生まれない。

4) 肉食は、霊性進化に悪影響を及ぼす。
 シルバー・バーチは、説く。「肉食はアルコールやたばこと同じように、人体の質を低下させる」と。

 神は人間を歯の構造からしても菜食動物として造っている。肉食を減らすことが、生活習慣病を防ぐ事は、現代栄養学的にも証明されている。肉食は、人類が神の使徒として霊媒として神の愛に目覚めた時から、避けて通れない問題だと言える。アセンションの道にも関係しよう。

「人間は動物を食するために地上に置かれているわけではありません。身体構造を見てもそれが分かります。全体として見て、人間は肉食動物ではありません」(「シルバー・バーチ新たなる啓示」から)

=肉食について2=

(1)弱肉強食について
 弱肉強食は、生態学的立場からすると、今のところ食物連鎖の流れの中で、
自然界を調整する不可欠なシステムのように見える。しかし、地球上における
自然界も神の法則に従った進化のプロセスの途上にあり、弱肉強食もいつかは
消滅する運命にあるようだ。もっと具体的にいえば、肉食動物は滅亡し、草食
動物が繁栄することになろう。更に、霊的な観点からいえば、利他愛の支配す
る世界には肉食動物は相容れない。たとえば、かって中生代に栄えた残虐な大
型肉食恐竜は、霊的な進化のプロセスにおいても淘汰されたと言う事ができる
かもしれない。従って、自然界で厳然と成立している弱肉強食の現実をもって、
人間の肉食を肯定することはできないと言える。

(2)殺生について
 シルバー・バーチは、意識の有る無しが、殺生の罪の基準になる。進化した
動物には人間のような意識はないけれども、類魂としての意識を持っていると
説いている。ここでいう進化とは、先に述べた霊的進化のことであるが、こう
いった意識がある存在を殺すのは罪である。対象となる主たる動物は哺乳動物
であり、以前述べたペットや家畜などが挙げられよう。
 意識については、3分類がある。1)人間のような永遠の個別意識を持つも
の、2)類魂意識を持つが、死後は、類魂に吸収されてしまうもの、3)類魂
意識を持たず、死後は、類魂にその生命素が吸収されてしまうもの等に分類さ
れる。3)は、哺乳類(あるいは、鳥類)より進化の程度が低い爬虫類以下の
生物であり、動物とは進化の系統が異なる植物も入ると思われる。たとえば、
3)の分類に入る意識の無い魚を食べるのは比較的罪にはならないからといっ
て、無闇な殺生は別である。
 肉食問題の解消は、スピリチュアリズムの普及にあるとしているが、その際、
動機が問題となる。何事も、罪意識があって、罪を犯すのは、より罪が重いの
で、スピリチュアリズムを信奉する人達から、まずは、実行しなくてはいけな
い。地球が、平和な愛に包まれた世界になるためには、肉食は超えなければな
らない将来の大きな課題となるであろう。まず、隗より始めよである。

「大自然を根こそぎにし、荒廃させ、動物を殺したり障害を与えたりするのは、
人間のすべきことではありません。強き者が弱き者を助け、知識ある者が、無
知なるものを救い、陽の当る場所にいる者が地上の片隅の暗闇を少しでも少な
くするために努力することによって、自然界の全存在が調和のある生命活動を
営むことこそ、本来の姿なのです」(「シルバー・バーチの霊言集」から)

=肉食について3=

 地球は閉鎖系の惑星であるため、すべての生命が共生関係で成り立っている。このため、あらゆる生物の中で、もっとも進化しているという理由だけで、人間が、地球上の他の生物を支配し繁栄するということは、地球のバランスを崩し、ひいては神の摂理に反することになる。むしろ、神の被造物である動物達を心から愛し、神の手助けとして霊的なものも含めた彼らの進化に貢献しなくてはならない。動物達に対しても利他愛に生きることにより人間の最大の目的である霊性の向上という目的を果たすことになる。動物もまた素直にその愛に答えてくれ、われわれ人間への肉体的な助けや精神的な慰めなどを与えてくれるはずである。たとえば、盲導犬の例を出すまでもなく、動物の人類に対する最近の貢献度は目を見張るものがあることは、周知の通りである。
 一方、現在じわじわと進んできている環境破壊は、まず、弱者である動植物から、命を奪っていく。自分達の周辺から徐々にその徴候が現れ、やがて、人類最後の日が、やってくるかもしれない。今から、そのサインを見逃さないようにしたい。
 人類のエゴに基づく市場原理や経済至上主義のグローバル化は、環境破壊を招き、直接間接に動物虐待に結びついていく。人間の飽くなき物質や快楽の追求は、本来満足というものが無い。この結果、人間の精神性の荒廃、ひいては、新たな悪業を生み、更なる霊性の低下を招く。人類はもう一度足を止めて瞑想し、神に祈らねばならない。真摯に内なる神の声を聞かなくてはならない。霊的真理に基づいた生き方をしなければいけない。アセンションの日になってから、霊界からこの地上に旅立つ時に立てた誓いを思い出すようでは遅すぎるのである。この日が、イエスが予言する最後の日(マタイ伝24章3~14参照)にならないことを心より祈りたい。

「それは、唯物主義がもたらした混乱、黄金の子牛の像の崇拝、すなわちお金第一主義がはびこりすぎたからです。唯物主義は、その本質自体が貪欲、強欲、自分第一主義に根ざしています。同じ天体上に住んでいながら、自分以外の者への思いやりも気遣いも考えず、ひたすら自分の快楽と蓄財に励みます。敵対関係、戦争、怨恨ーこうしたものを生み出すのは唯物主義です。物質がすべてである、死はすべての終りである、だったら自分の思うままに生きて何が悪い、という論法です。こうした自己中心の考え方が地上世界に暗黒と困難、闘争と暴力と憎しみあいを生み出すのです」(「シルバー・バーチ新たなる啓示」から)

(6)スピリチュアリズムによる検証16=人間の受胎・出生について=

 キリスト教では、出生入魂説をとっているが、シルバー・バーチは、受胎入魂説を主張している。すなわち、精子と卵子が結合し受精卵になった時である。現世的に言えば、出生入魂の方が、理にかなっているように見えるが、例えば、水子霊の場合、胎児の時に肉体が失われても魂は、生き続ける。このため、再び、受胎する事ができるので、出生は可能である。魂が修行の場として選択して入魂してくるので、受胎入魂説の方が、霊的真理として説得力があると思う。
 受胎して地上生活を始める霊には、2種類ある。再生霊(古い霊)と新生霊(新しい霊)である。日本人も再生霊と新生霊とに分かれるはずであるが、シルバー・バーチは、地球上においては、ほぼ同じくらいの割合ではないかと述べている。少なくとも新しい霊は、たとえば犬のような動物霊が進化してくる場合は、当然であるが、人間として経験不足のため、霊的に未熟である。これに対して、古い霊は、幾多の輪廻転成を繰り返し、新しい霊あるいは若い霊よりも経験が豊かで霊的に進化している。スピリチュアリズムが普及してきている日本では、霊性の高い人間が多い、つまり、古い霊が多いと考えられるという。
 クローン人間については、現状では、幸い成功していないが、スピリチュアリズムは、霊的法則に反したものとして原則認めてはいない。仮に肉体の条件が整えば、間違った動機でも機械的に霊が宿る可能性はあるかもしれないが、肉体は、分身として成功しても、霊的には無関係になるという。あくまでも霊体優位が霊的真理なのである。
 平成19年9月に「船井幸雄オープンワールド」に参加した時、船井幸雄さんの講演の中で、日本人の魂についての話をしていた。日本人の特性として、競争、けんか、かけごとが下手で、人に恨みを持たない点などを上げていた。そして、こういった鳩派的な性格は、古い魂なのだそうである。日本人の多くは、過去世でレムリアやアトランティスも経験しているらしい。私のヘミシンクで見た過去世にレムリアが出てきたのもなるほどと思う。一方、政治家には、若い魂が多いと話されたので、苦笑してしまった。高い霊性を持った古い魂であり、利他愛に生きる純粋なスピリチュアリストが、今や本場イギリスよりも日本を中心に増えてきているそうなので、地球の平和は、日本が鍵を握っていると言えるかもしれない。船井さんの話も良い世の中(みろくの世)は、日本発であることを確認させてくれた。最近よく言われる「100匹目の猿」現象が唯一の被爆国で戦争を放棄した日本から世界に広がっていく事こそ意義があり、この事は日本の使命とも言えよう。
 受胎の時期についてシルバー・バーチは次のように答えている。

「次の私の意見には同意しない者が沢山いることは知っているが、私の意見では、精子と卵子が一つになり、微小ではあるが、霊が活動する身体が作られるその時から。またこの瞬間から、霊は地上の生活が始まるのである。」(シルバーバーチの霊言集から)

(7)スピリチュアリズムにおける検証17=水子霊について=

 流産や中絶によって肉体を失った胎児霊は、霊体として霊界で生き続ける。いわゆる水子霊の話であるが、自然流産か人工中絶かにより内容は異なる。
 自然流産は、親が子の誕生を望んでいるにも拘らず、子宮内で死亡してしまう場合である。再生を希望する霊は、霊界においてカルマの清算という目的を遂げるのにふさわしい両親を選ぶ。しかし、胎児に宿った再生霊が、途中で誕生を拒絶する場合がある。もちろん、自ら流産させてしまう再生霊は、その目的を果たさぬ罪に霊界で苦しむことになるが、親は、この試練によって霊的目覚めのきっかけになる場合がある。また、再生霊が、母体の事故や病気などで流産してしまう場合もある。このようなケースでは、再生霊は、次のチャンスが優先的に与えられる。いずれにせよ、地上の両親が罪を作ることはないという。
 これに対して、人工中絶の場合は、親のエゴにより胎児が一方的に被害をこうむる。このため、両親は地上で言う殺人の罪を犯すことになる。この罪に対する償いは、各人によって異なるが、相当の精神的な苦しみを味わうことは共通しているという。後に、その胎児霊との霊界での対面も覚悟しなくてはいけない。たとえ、奇形児だと出生前検査でわかったとしても、殺人の罪にはかわりが無い。なぜなら、奇形児に生まれようとする霊は、肉体的障害を背負うという試練の人生を選んで敢えて誕生しようとしているからであり、地上の親にとっては、同情の余地はあるけれども、試練を受けることが、霊的成長のために必要だからである。ただし、母体の生命に関るような健康上の理由で堕胎をする場合は、罪には問われないし、後に霊界で喜びの再開となるようである。
 中絶の罪に対する一番の償いは、犯してしまったという苦しみの果てに霊性に目覚め、より利他愛に生きる人生を選択することである。意識を改めない限り、形式的な水子休養では、償いにはならない。
 霊界に戻った水子霊は、養育霊達に面倒をみてもらいながら、次第に幽界の環境に慣れていく。再生霊が、過去に地上生活を何度も経験している古い霊であっても、記憶は胎児の間に消されてしまう。このため、やがて、別の指導霊から地上近くに連れていかれ、地上生活を間接的に経験し、地上への再生の準備をするという。このように水子霊の救済は、霊界側で行われるのである。
 水子霊は地上人に祟るようなことは断じてないそうなので、いわゆる水子供養にかかわる霊感商法には特に注意しなくてはいけない。霊的真理を無視した金目当ての低級な供養が相変わらず横行している。シルバー・バーチが、しばしば説くように、何事も行為の結果よりも動機が問題なのである。物質的な豊かさを享受している日本において、昨今の性の乱れは、肉体次元でしか物を見ないがために、唯物主義や利己主義に陥ってしまった結果である。永遠の命を前提とするスピリチュアリズムに少しでも耳を傾けてもらえば、生かされているという利他的な気持ちになり、この退廃的な流れを少なからず阻止できるのではないだろうか。そして、肉欲はあの世で最も囚われやすい欲の一つであることも忘れてはならない。過度な肉欲はあの世で一種の地獄の世界を創造するようだ。

「人は自由意志と、是非正邪を見分ける意識を与えられている。何事も動機が肝心。動機は何か、万事動機によって決定せよ。他は問題ではない」(シルバー・バーチの霊言集より)

(8)スピリチュアリズムによる検証18=過去世について=

 ヘミシンクで体験した過古世は、今の自分にとっての本当の過古世なのか疑
念が残っている。一般に古いものになると歴史上に詳しい記録を残していない
人物像が大半だと思われるので、過古世が同一人物であるということを科学的
に証明する証拠探しは、困難を極めるであろう。
 ところで、過去世と言えば、これを催眠療法に活用した精神科医ブライアン・
L・ワイス博士が有名であるが、私も彼の著書『前世療法』(PHP文庫)を読んで、
感銘を受けた1人である。彼は、患者さんの多くは、過古世を思い出すことに
よって、現世でのトラウマが癒されるとしている。前世療法が、いわば、悪い
カルマの刈り取りの役割を果たしているとも言える。一方、多くの生まれ変わ
り事例を長年にわたって徹底的に調査した米国精神科教授イアン・スチーヴン
ソン博士は、前世療法に対しては、ワイス博士とは、反対の立場を取っている。
彼の著書『前世を記憶する子供たち』(日本教文社)は、私も愛読した本の一つ
だが、本の中で、退行催眠による前世療法は、信頼性が乏しいという結論を述
べている。その理由として、以下の点を挙げている。

1)潜在意識による記憶のいたずらが、前世の記憶だと錯覚させることがある。
2)テレパシーによって前世の人格を知る人から情報を取り入れることがある。
3)低級霊による憑依現象として前世の記憶が本人を通して語られることがあ
る。

 特に1)のように、催眠によるものは、術者の強い暗示によって作り出され
た創作による過古世が、ほとんどだという。また、3)は、たとえば、精神科
医ウイックランドの精神病に対する除霊治療の中によく出て来る例だ。
 さて、シルバー・バーチは、再生が事実であることを述べているが、ただし、
いわゆる類魂説を前提とする。これに従うと、前世の人格が、そのまま現世で
置き換わるわけではないとしたイアン・スチーヴンソン博士の見解が、正しい
と思われる。結局、今の自分というパーソナリティは、今生しか無いというこ
とになる。逆に、過去世の自分は、現世の自分とは異なる類魂としての自分だ
ということになり、あくまでも自分の潜在意識(インディビジュアリティー)の
一部が肉体を持って地上界に表出した分身であるとも言える。今ある自分とい
う意識も本来の潜在意識の一部にしかすぎないのである。
 更に、ヘミシンクが誘導する過去世も同様ではないかと考えられる。けっし
て催眠のような強い暗示は無いけれども潜在意識のいたずらや低級霊による憑
依の可能性も否定はできないであろう。その点は、しばしばヘミシンク用CDに
入っているガイダンスが、強制的かつ作為的なものは、誘導してしまうので、
避けた方が良いのかもしれない。ここで、特に重要な事は、スピリチュアリ
ズムの霊的真理に従えば、時間は、連続的であり、しかも類魂説を前提とす
るので、坂本 政道氏の指摘するような過古世の自分が、未来世になること
はありえないということになる。夢での体験のように意識の中では起こりう
る事ではあるが、仮に、未来の輪廻転成で過去に行ったとしても、それは、
類魂であって、今の自分では無いということも頭に入れておくべきだと思う。
 ただし、霊魂は、永遠不滅であることを忘れてはならない。地上界におけ
るパーソナリティとしての未来の自分というのは、通常は、死後世界である
幽界に行き、そこでしばし暮らすことになる。一見すると今生の生は、一回
きりとなるので、まだまだ圧倒的に多いと思われる唯物的な意識の人々と同
じような虚無的な認識に陥ってしまう輩もおられるかもしれにない。しかし、
魂の永遠性をしっかりと認識している者にとっては、今を真摯に生きる人生
の大切さが返ってわかるというものだ。たとえ最愛の人に先立たれても死後
また会えるという確信を持って、愛する人の分まで、力強く生き抜こうでは
ないか!!

(9)スピリチュアリズムによる検証19=前世療法について=
 
 結論として、シルバー・バーチは、シルバー・バーチの霊訓(10)の中
で、退行催眠で前世を知る事はできないとしている。

1) 催眠術の基本は暗示性にある。被術者は必ずしも術者の暗示通りに反応しているとは限らない。前世という暗示をかけても、被術者が、前世を語る
とを限らない。
2) 人間の潜在意識には、莫大な可能性が秘められているので、創造力や潜在的願望によって前世の人物像が作り上げられる。
3) 霊による憑依の可能性がある。その場合は、憑依した霊の記憶が前世の記憶として残る。
4) 催眠中に幽体離脱が起こり、その間の記憶が印象に残って語られることがある。これは前世の記憶とは言えない。(さらに、睡眠中の幽体離脱による可能性も指摘している。)
 
 地上人が前世を思い出す可能性としては、一瞬のひらめきの中で垣間見るだけだという。物語のように展開された前世というのは、やはりかなり怪しいことになる。確かに私がヘミシンクで見た前世というのは、バイロケーションという広義の幽体離脱で見ている事なので、本当の前世を見ているのかどうかは疑いは拭えない。ただ、私の場合は、常に物語にならず、死の場面だけが強調されていた。映画で言えば、ワン・カットのような体験が多かったが、逆に信憑性があるかもしれないとも思う。
 いずれにせよ、ガイドを介して、何らかの学びを得たとしても、あまり執着すべきではない事は、確なようだ。普段生きる上では、前世を忘れているからこそ自分を保てるのかもしれないし、あまり運命論的になっても引きずってしまい、今を生きにくくなる場合もあるであろう。結局、前世療法にしても、単なる興味本位の話題として受け取っていたほうが安全なように思えてくるのである。
 前世を思い出す催眠術がブームになっいる事に対して、シルバー・バーチは、以下のように述べている。

「学べることが皆無というわけではありません。が、そうした体験には、たんに現在の自分が立派でないことから、潜在意識が立派でありたかった願望を描こうとする、一種の虚栄心の表れであることがあります。
 別のケースとして、それにカルマがからんでいる場合があり、過古世において大きな影響を及ぼした苦難または悲劇を現世に呼び戻し、それを意識することでカルマが消滅することがあります。これは好い結果をもたらす例です。が、それがただの取りとめのない想像にすぎないことが多いのです。もう一つのケースとして、催眠状態における憑依霊の仕業である場合もあります。」(シルバー・バーチの霊訓10から)

=前世療法について2=

 イアン・スチーヴンソン博士やシルバー・バーチが指摘するワイス博士の前世療法(過去世療法)の問題点については、スピリチュアリズム・ニューズレター6号(「心の道場」発行)の記事に以下のようにまとめられている。

1) 霊的現象に対する理解力の乏しさが、判断を誤らせたと思われる。
2) 退行催眠によって明らかにした前世の人格は、潜在意識のいたずらや憑依現象である。
3) 霊界の導きに対する無知さが見られる。
4) 前世を思い出すことによって病気が治ったというのは思い込みと錯覚である。カルマによる病気が治るのは、すべて治るべき時期がきているかどうかという霊的真理に基づく。
5) ソウルメイトは、事実ではない。催眠下という非日常的なところで作り出された想像の産物である。類魂説という霊的真理に反する。地上人のソウルメイトとしての関係は、せいぜい幽界までである。再生時まで、この関係は持ち越されることはない。しかも、類魂説に従えば、再生するのは、別の個性の自分である。ただし、ごく稀に悪いカルマの清算のために二人の前世の関係が持ち越されたり、アフィニティ(ツイン・ソウル)いわゆる同一類魂として夫婦の関係が成立することがある。
6) 前世を思い出すための具体的な方法は間違った方法である。自己暗示によって架空の前世が創作される。
7) 飯田 史彦氏の『生きがいの創造』は、ワイス博士と退行催眠に批判的なイアン・スチーヴンソン博士とを同一視している。

 過去世療法がこれだけ流行っている現状を鑑みると、水を差すような手厳しい内容ではある。けれども、二つの事に注目しても良いだろう。一つは、精神世界では評価の高い高級霊界通信という霊界からの視点で述べられている内容であるという事。もちろん、ここで言う高級霊界通信とは、近代スピリチュアリズムを代表するシルバー・バーチやモーゼスの霊訓のような高級霊を介した啓示的な霊界通信である。もう一つは、地上界の視点から前世の研究を行っている著名な研究者の間でも退行催眠による過去世療法については意見が分かれるという事である。際限なく奥行きの広い未知の異次元を相手とする心構えとして、これらの事実を頭のどこかに入れておく方が患者だけでなく試術者としても安全であると思われる。
               
                (以上ブログ「アセンション2012」から転載編集)

(主な参考文献)
1) スピリチュアリズム・レター(スピリチュアリズム・サークル 心の道場発行)4号、5号、6号、7号、25号、27号、36号。
2) シルバーバーチの霊訓1卷〜12卷
3) シルビア・バーバネル著、近藤 千雄翻訳『ペットが死ぬとき(When Your Animal Dies.)』