心のサークル(blog版)

心のサークルは、スピリチュアリズムを学べますが、オープンな初心者向です。

第103回 心のサークル報告

【と き】  2019324日(日)、14時~17

 【ところ】 宮城県歯科医師会館 4F 和室

 【参加者】 進行:US、記録:SK

 US、SiT、HMIK、 SK       以上5

  【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(9)』の読書会 

 

 

本日の参加は5名。ちょっとこじんまりでした。

103回の歴史の中にはそんな会も多くあったけど今に至るんですよねとUSさん。

そう言われれば、たしかにそうだと思いました。

人数が少ない分、なんとなくみんながフランクになり、和気あいあい。

それもまた楽し♡ でした。

 

IKさんに誘導瞑想していただき、USさんのシルバーバーチの祈りに耳を傾け、会の始まりです。

 

今回も各章が短かったので2章まとめて読みました。

みんなで読む音読は相変わらず気持ちよかったです。

 

5章 死別の教訓

 

肉親の死に遭遇した時、あの顔、あの姿がもう二度とみられなくなったことを悲しむのならまだしも、死んで行った当人の身の上を悲しむのであれば、それは止めなくてはいけません。

人生は霊的価値を基盤として考えないといけません。その価値があなたの行為の一つ一つの輝ける指標として、日々の生活の中で発揮されなくてはいけません。スピリチュアリストを自任している方々は、スピリチュアリズムを死という不幸に遭遇した時だけ持ち出して、それ以外の時はどこかにしまいこんでおくようなことでは困ります。

 

年を重ねるとお葬式に参列することが多くなってきているこの頃ですが、生きている間に、死は終わりではないことを伝えられてたらなぁと毎回思います。

すばらしい神秘なのですから。

 

宮澤賢治雨ニモマケズの一説にこんな個所があります

 

南ニ死ニソウナヒトガイレバ

行ッテコワガラナクテモイイトイイ

 

「死はこわくない」

この言葉を必要としている人はたくさんいると思いますが、どんなに親しくても、死を目前にしている人の前で、死を話題にすることは難しいです。

「不吉なことを言うな」と叱られてしまいそうです。

だけど、本当はそのことを話したいと思っているのではないでしょうかね?

一番の関心事だとは思うのですが…。

 

死は少し遠いところへ旅立つだけ。

会社の命令で致し方なく転勤するのと同じ…なんて考えるのは、少々軽すぎるでしょうか^^

 

 

奥さんを失くした男性、子供を失った両親、夫を失った女性が招かれ、シルバーバーチから必要なメッセージが伝えられています。

 

地上の人生にはいつかは別れる時がまいります。頑健な方が居残り、弱った者は先に行ったほうがよいのです。

 

ただそれだけのことなんですよね。

 

あなたは有難く思うべきことが山ほどあります。大きな危機に、無知のままではなく正しい知識をたずさえて臨むことができました。もしも霊についての知識がなかったら、あなたの人生は今よりどれほど大変なものとなっていたことでしょう。

 

本当に同感です。もしスピリチュアリズムに出会っていなかったら、悲しみや苦悩に対しての対峙のしかたが全然違います。

人のために自分を役立てる者は決して生活に不自由はしないということです。基本的に必要とするものは必ず与えられるということです。p60

 

何も心配せず霊的な目で日々をすごせばよいと思われます。

でも、肉体を取り囲む世界はとても重い波動なのでどうしてもいろいろ心配してしまいます。

 

地上生活には不正、不公平、不平等がよく見られます。不完全な世界である以上、それはやむを得ないことです。しかし、霊的法則は完全です。絶対に片手落ちということがありません。一つの原因があれば、数学的正確さをもってそれ相応の結果が生じます。原因と結果とを切り離すことは出来ません。p63

 

これからもあなたは過ちを犯します。そしてそれに対する償いをすることになります。そうした営みの中で叡智を学んでいくべきなのです。過ちを犯すために地上へ来たようなものです。もしも絶対に過ちを犯さない完全な人間だったら、今この地上にいらっしゃらないはずです。p64

 

過ちを犯して当たり前! ヨカッタヨカッタ。

過ちに学べばいいのです。

なので、昨日過ちを犯したばかりのそこのあなた! 

大丈夫、順調です。^^v

 

学ぶことさえ忘れてしまっても、必ず次のチャンスが来ます。何度も何度もチャンスは与えられます(同じ試練が繰り返されること確かにありますよね^^)。次のチャンスを待ちましょう。

10回でクリアするか100回でクリアするか、それは自由☆

 

こいつはいつ気付くのだろう…。じっと見守る背後の天使たち。大変辛抱強いのだそうです。

 

6章 霊能者の責任

 

他人のためになることをする人は、いつかはきっと他人から有難いと思うことをしてもらうものです。収支決算をすると必ず黒字になっています。一身を捧げている霊媒を私たちは決して見捨てるということはいたしません。授けられている霊的能力を最大限に発揮できるよう、常に鼓舞し勇気づけております。

シルバーバーチ   p68

 

他人のためにつくす。スピリチュアリストは常にこのことを念頭にいれて日々を過ごしていると思います。利己主義にならず利他主義へ。そうはいっても理不尽な扱いに不満を述べたくなったり、または自分の行く道がわからなくなったり、なかなか思うように行きませんが、簡単じゃないからこその修行。それでいいのかもしれません。

 

地上の悲劇は霊的真理にまったく無知な人間が無数にいるというところにあります。そういう人たちは地上生活の目的が分かっておりません。

 

人生の価値観が間違っておりますから、優先させるものが間違っております。視野のピントがずれております。物事の判断基準が狂っております。生活は不毛で味気なく、自我の開発などとうてい覚束なく、生きる目的というものがありません。いつも迷路の中に生きており、出口が見いだせずにいます。p81

 

 

IKさんからのお話。

職場の設備管理の担当者の方へ「○○さんのお仕事は素晴らしいですね。このお仕事のお陰で市民の安全、安心が守られているんですね」と声を掛けたところ、その方が嬉しげにその言葉を受け取ってくれたこと、そしてさらに、その後の彼の仕事の姿勢が変わったような気がしたとのお話がありました。

 

SKさんは「ミッション」という言葉を使われてこう話してくださいました。

 

日々の仕事に対しミッションを取り入れると、いままで漫然と行っていた行動が意義のあるものへ変わる

 

IKさんのお話に通じるなぁと思いました。

「市民の安全」というミッションを果たす。その価値を見出すとこれまで平凡だと思っていた作業に誇りを見出すことができる。誇りは自分自身をも癒すのではないかと思われます。

 

いつも同じことの繰り返しの平凡な日々でも、意識すれば毎日がミッション。日々が新鮮になります。

 

招かれる者は多し、されど選ばれるものは少なし。(マタイ)

 

こんな簡単なことだけれど、気づいて実践する人は少ないということです。

でも、周りを見渡すと、輝いている人はすでにこれをやっていると思います。

意識的になる。

ひとりにそれが宿ると、それは全体が変わるような気がします。

 

 

ある霊媒師に対してこんなアドバイスをしています。

 

どこにいても人のためになることを心がけることです。手を差しのべるべき人はどこにでもいます。けっして大げさな催しをする必要はないのです。悲しみの中にある人にやさしい言葉を掛けてあげるだけでもよろしい。沈んだ人に肩にそっと手を掛けて力づけてあげるだけでもよろしい。病の人に早く治りますようにと祈りの気持ちを送ってあげるだけでよろしい。p79

 

こういうことだったら私にもできそうです。できるだけ日々の中に慈悲の気持ちを持ち続けることができるように心がけたいと思います。

これもひとつのミッションですね^^

 

むろん実際に治療してあげるに越したことはありません。

 

治療できる能力があればいいですね~。

その能力を身に着けるには、それなりの霊格を身につける必要があると思われます。

まずは一日に少しでも静かな時間を設けて霊力が流れてくるよう努めたい

------と、随分前から思っているのですが、なかなかできません。

 

最後に、こんな一節を抜き取りまして、レポート終了します。

 

5章、P62

毎朝を無限の可能性に満ちた新しい霊的冒険の始まりとして、又、あなたの霊的な輝きと資質を増す機会の到来として、歓喜をもって迎えるのです。毎朝が、霊的成長を促し、内部の神性を発達させ全生命の始源へ近づけてくれる好機をもたらしてくれるのです。

 

--------毎朝が冒険の始まりです!------

 

 

 

 次回 第104回 心のサークル お知らせ

 

【と き】  2019年 4月14日(日)、14時~17時 

【ところ】 宮城県歯科医師会館(仙台市青葉区国分町1-5-1) 4F和室

 

入り口は正面玄関ではなく裏口になります。

入口表示板に、部屋がどこか書いてあります。ご確認お願いします。

窓口に医師会館の方が常駐していらっしゃいますので、

わからない時は声をおかけください。

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(9)』第7章の読書会 

【持ち物】 上記書籍をご持参ください。

【参加費】 喜捨

【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。

 日常を離れた空間で、ともに学びましょう!

新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。

【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com

又、これまでのメンバーの皆様は、出欠係の柴田までご連絡ください。

第102回 心のサークル報告

【と き】  2019224日(日)、14時~17

 【ところ】 宮城県歯科医師会館 4F 和室

 【参加者】 進行:US、記録:SK

 US、SiT、HMGS、MM、IK、SuT SK       以上8

  【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(9)』の読書会 

 

2月の第4週。

年々暖冬傾向が進んでいますが、今年の冬もそれに習って、雪も降らず暖かい日が大変多かったですね。

過ごしやすくて、良かった、…ともいえますが、なんだか気の抜けたビールのような気がしないでもありません。

空気がピーンと張りつめた結晶のような厳しい冬は、もう存在しないのでしょうか? 地球は変わってしまったのでしょうか? 

大事な友人を失いかけているのではないか、そんな気にもなります。

 

さて、第102回。たくさん集まりました!8名。

はじめての参加SuTさんを迎えての一日です。

 

USさんが当ブログの第1回から第50回を本にしてくださいました!(^^)!

みなさんに一冊ずつプレゼント♡

結構な厚みのあるこの本のページは、私たちが積み重ねた日々です。

今回の本はAさんが書いてくれた記事が大半です。自信をもっての完成であります。

次回第二弾は第51回から第100回までを作成予定。

私が書いた記事も対象になり、本を作ることが分かっていたなら、もっと格調高く書いておけばよかったと後悔しているところであります。

 

 

IKさんの誘導瞑想とUSさんのシルバーバーチの祈りで会のはじまりです。

今回は第3章と4章を読みました。

 

第3章 霊の威力

 

もしも霊力が働かなくなるようになったら、地球は回転を止め、四季は巡ってこなくなることでしょう。

 

地球の回転とか、太陽の炎なんてのは、当たり前すぎてその運行の原理など普段は考えたこともありません。

壮大すぎてなんと書いたらよいかわからないほどですが、宇宙は霊力によって成立しているということです。

まさに「威力」といってふさわしいものです。

 

それを思えば人間なんてほんとに塵のようなもので、なにかあればひとひねりの存在のように思えますが、私たち自身には儚さの感覚はなく、まるで世界の中心にいるかのようにしっかりと生きています。

霊力は小さき者の命にまで行き渡っています。

 

霊力が作り出した宇宙。そう意識して夜空の星々を眺め、想いを馳せれば、その偉大なる荘厳なエネルギーと同調出来そうな気もします。

 

そして、私たちも霊的存在です。

 

あなた方も、お一人お一人がミニチュアの大霊すなわち神なのです。その霊はあなた方の努力次第で成長と発達と拡大を続け、成熟して開化する可能性を秘めているのです。P43

 

それを信じていても、物質的な価値観に押しつぶされ、自分を見失い、失望を選んでしまいそうになる時もあります。

そんな時には次のシルバーバーチの訓えが力になります。

 

物的表面にとらわれず、肝心かなめのものにすがることです。目を逸らしてはいけません。これこそ真実であると確信したものにしっかりとすがることです。そして煩雑な物的生活の中で何が何やらわけが分からなくなった時は、大霊の力と安らぎの住む内部へ退避して、その雑念を忘れることです。そうすればその静寂の中にあなたにとって必要なものを見出すことでしょうあなたという存在の組織は必ず神の定めたパターンにしたがって織っていくことが大切です。

 

 

 

第4章 不変・不滅・不可避の摂理

 

ここで述べられている身体と健康について抜粋してみます。

 

人間には一種の機械としての物的身体が与えられています。

あなたはその身体を通して自我を表現している一個の霊なのです。

 

人間の身体がどれだけ精巧につくられているか考えると、神業としかいえませんよね(事実、神業なわけですが…^^;)

 

そんなすばらしい機械(身体)を私たちは無料で与えられております!(^^)!

この身体、お金で買おうと思ったらいくらでしょうか? IP細胞ひとつとっても何千万とかかりそうですから、身体全部だと億単位、、、?

そんな高価な機械を私たちは所有しているのですね~。

さて、大事に扱っているでしょうか? 

 

睡眠を与えてますか? 栄養を与えてますか? 清潔を保ってますか?

感謝をしていますか? 心配の念で痛めつけていませんか?

 

身体はいわゆる神殿だと表現されたりしますね。

神社にお参りに行くことはしても、自分の身体に感謝を捧げるってあまりしてないかもしれません。

 

自然治癒力に感謝、ホルモンに感謝、細胞に感謝、神経に感謝、筋肉に感謝、骨に感謝、、、感謝するものたくさんですね!

 

あなたが悩みを抱くと、霊と身体との間の水門が閉ざされ、身体は生命力の補給路を失うことになります。補給源とのつながりを断たれることになります。そのことに気づいて心構えを改めないかぎり、あなたの身体はその不健康な作用と反作用の法則に従いつづけることになります。p49

 

心配の念はあなたの霊的大気であるオーラの働きを阻害しその心霊的波長を乱します。

 

「法則とは、一定の条件下で、事物の間に成立する普遍的、必然的関係。また、それを言い表したもの」

つまり、必ずってこと。例外なし。

そういうことですから、やっぱり、心配の念はいけないのです。

自分の身体だけは大丈夫。これまで耐えてきたのだから、これからも耐えるだろうと過信するのが人間です。

でも、法則どおりですからみなさん気をつけましょう(^_^;)

そして、病気になったら、身体からのメッセージだと思って省みることは大切だと思います。

 

たとえば、ここに人類の福祉に献身した高潔な人物がいるとしましょう。その人がもしもその道での超人的活動で健康を損ねた場合、それは立派といえるでしょうか?

 

これについて、シルバーバーチはこんなふうに解説します。

 

その決断を下すにあたって-----どこかに自惚れの要素オレ以外に出来るヤツはいないのだという考えが潜んでいるものです。

 

こういうところまで見抜かれるんですね。

まったく油断なりません。

こんな高潔な人でも指摘されるのですから、私たちには未熟な部分は山ほどあるなぁと思います。

 

自惚れとか嫉妬。すべてをそぎ落としたら、「素朴」に行きつくのかな。

 

 

STさんが、物的、精神的、霊的、この三つの次元のバランスが大切だと仰ってました。この章のなかでもこんなふうに書かれています

法則にも、次元の違いによっていろいろあります。物的次元のもの。精神的次元のもの、霊的次元のもの、さらにはそれらが入り組んで作用する場合もあります。p51

 

人間は物的次元のことがぎりぎりの絶望段階に至るまで霊的次元の真理に気が付きません。p51

 

多くの一般人は「物的」なことで幸せを得るという価値観を持っています。

一歩先をいっても、せいぜい「精神的」の次元まで。

スピリチュアリストは「霊的」な次元にまで意識を向けるという知識はあるので、相当恵まれているなと思いました。

 

魂はいつか真の自我に目覚めなければなりません。その時から内在する神性が発現しはじめるのです。

苦難が大きいだけ、そこから得られる悟りもそれだけ大きいものとなります。

 

霊的な清算についてこう書かれています。

 

神は宇宙の会計士のようなものです。

すべてがきちんと清算されております。

あなたが霊的に受けるものはあなたに相応しい分だけであり、多すぎることもなければ少なすぎることもありません。

 

わたしたちは法則に守られ進化する魂です。

更なる進化のために地上に生まれてきました。

目的を忘れず、苦難にへこたれずがんばりたいです。

その先に平安が必ず訪れることを頼りに。

 

 

 

 次回 第103回 心のサークル お知らせ

 

【と き】  2019年 3月24日(日)、14時~17時 

【ところ】 宮城県歯科医師会館(仙台市青葉区国分町1-5-1) 4F和室

 

入り口は正面玄関ではなく裏口になります。

入口表示板に、部屋がどこか書いてあります。ご確認お願いします。

窓口に医師会館の方が常駐していらっしゃいますので、

わからない時は声をおかけください。

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(9)』第5章の読書会 

【持ち物】 上記書籍をご持参ください。

【参加費】 喜捨

【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。

 日常を離れた空間で、ともに学びましょう!

新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。

【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com

又、これまでのメンバーの皆様は、出欠係の柴田までご連絡ください。

 

第101回 心のサークル報告

 【と き】  2019120日(日)、14時~17

 【ところ】 宮城県歯科医師会館 4F 和室

 【参加者】 進行:US、記録:SK

 USHMGS、MM、IKSK       以上6

  【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(9)』の読書会 

 

あけましておめでとうございます。

無事に第100回記念の会を終え、年を明けまして2019年1月、101回からスタートです。

今年もよろしくお願いします。

 

100回というのはただの数字で、それを目指してきたわけではないけれど、やはりひとつの区切りだったのでしょうか。ちょうど年が変わるのと同じタイミングで101という数字。また第100回に合わせて霊訓も9巻へ。新学期で教科書が変わるような絶妙な偶然を用意してもらったような印象を受けていました。

「区切り」という言葉が浮かびます。

 

14時に会場へ到着すると、すでに集まっていたメンバーたちが和んでいました。

雰囲気がいつもと違っていると感じたのは気のせいかもしれないけれど。軽くなっているというか、みんながリラックスしているような感じです。

もちろん、いつも緩やかであり、それぞれが心のうちでいろんな調整をしながら、この会を大事にしてくれているので、包容力抜群の会であるのですが、今回はみんなが肩の力を抜いたような、ほっとしたような、そんな空気が流れているようでした。

「100回」という一つの山を超えたからでしょうか?

新しいスタートを迎えたばかりの出来たてほやほやの時間を味わっていたのかもしれません。

 

一番に伝えなければならないことを、うっかり忘れていたような気がします。

主催者のUSさんに、改めて感謝です。

10年もの間、この会が続いたのは、USさんが必ず会を開催してくださったからだと改めて思います。

USさんにはこの会を休むということが許されていません^^

つまりほぼ皆勤賞であることにもお礼を申し上げます。

メンバーが次回も集まりたいと思わせる雰囲気を作ってくれているのはUSさんの存在力であり、かつ穏やかさだと思います。

 

この会をシルバーバーチ読書会と名乗らず、「心のサークル」とした訳をお話されていました。

「読書会」として集まるのではなく、「交霊」という意味をもって集まりたいと思っていたとのことです。

日々、私たちはどうしても感情に振り回され、悲しみ、苦しみ、怒りなどのエネルギーを発したり、さらされたりします。

月に1回、同じ志をもつものたちと語り合い、また、それぞれの背後の霊や、周りにさまよう霊たちと共に、霊界へ想いを馳せ、交霊したいと思ったからなのだそうです。

 

そうなのか…恥ずかしながら初めて知るUSさんの想いでした。

 

あとで述べますが、この想いは「素朴」の雰囲気につながるのかなぁと思いました。

「素朴」について考えてみました。とても安心する雰囲気です。そして純粋。語彙力がなく、上手に伝えられませんが、「素朴」には大いなる愛があるような気がします。

 

そんな訳で101回スタート。

これからも末永くよろしくお願いします。

そして、今回参加できなかったメンバーの皆さんと次回お会いできるのを楽しみにしています。

それから、密かにこのブログを読んでいて、参加してみたいなと思っているかもしれない読者の皆様、いつの日かお会いできれば素敵ですね。

 

さて、読書会の報告です。

いつものようにUSさんがシルバーバーチの祈りを捧げ、IKさんの誘導瞑想で気持ちを一つにしました。

 

 

シルバーバーチ霊訓 第9巻 

 

2章 活字の効用

 

 

印刷された文字には絶大な影響力があります。話し言葉は忘れ去られるということがあります。人間の脳という小さなスクリーンにゆらめく映像はいたって儚いもので、それに付随して生まれる言葉には不滅の印章を残すほどの威力はありません。その点、活字には永続性があります。また人から人へと伝えられ、海をも越えて、悲運をかこつ孤独な人のもとに届けられることもあります。幸いにして私はこれまでに手にすることの出来た叡智をこうして皆さんにお聞かせしておりますが、それが速記者の仲介をへて次々と活字になっております。そのおかげで各地に魂が目を覚まし、種子が実を結んでおります。p30

 

私たちがまさにその実ですね^^

時を超え、言語を変え、その種を受け取りました。

 

シルバーバーチの霊訓を初めて読んだとき、私はとにかく感動しました。

一部の人だけが優遇されたり、要領のよい人だけが救われ、褒められたりするのではなく、すべての人のすべての行為、すべての思考が、公正に判断されることがわかったこと。

どんな行為も見逃されることはなく、誰一人として忘れ去られることはないということ。

そして、それを判断するのは「愛」であること。

弁解は必要なく、釈明もいらない。すべて見守られている。

善悪の判断は「動機」が大切であるということ。

どんなことにも答えがあるということ。

そしてそれは事実であること。

 

この世よりもずっと優れた世界・霊界が存在し、その霊界の住人が直接語っている本があるということはなによりも驚きであったし、感動でした。

 

しかし、こんなすばらしい本なのに、知っている人はほんの一握り。

誰もが触れることができるのに、なぜ誰もが知らないのだろう。

こんなすごいことなのに! というのは今でも不思議です。

 

2000年前にキリストが現れたのと同じくらいの奇跡的なことだと思うのですが、シルバーバーチの認知度は低いです。

まさに「コペルニクス的転回」なる大叡智なのに、世の中は全く騒がない。

まったく不思議です。

 

コペルニクス的であるからこそ、誰も見向きもしないのかもしれないですね。

 

また、この本が邪霊集団に狙われずに平和に存在したことも、さすがだなと思います。

 

USさんがこう仰りました。

「世の中にはスピリチュアル系の本は溢れる程あります。その中でシルバーバーチの本と出会い、それを選んだという意味を考えてみましょう」

 

胸の中で考えてみました。

導いてくださった背後に本当に感謝いたします。

そして少しだけ自慢に思いました。

シルバーバーチをすごいと思えた自分はなかなか偉い…と。

 

シルバーバーチの声は録音されており、CDなどでそのお声を耳にしたかたは多いと思われますが、残念ながら英語のため、その印象が私にはよくわからなかったのですが、こんな風に述べられています。

 

これまでの霊言集の編者のうちの二人が、冷ややかな活字ではシルバーバーチの温かい人間味と愛を伝えることは到底できないと述べている。p31

 

活字を冷ややかだとはけっして思いませんでしたが、そう言わせるのであれば、交霊会でのシルバーバーチの存在は、きっと、とてつもなく優しいのだろうなぁと想像しました。

 

シルバーバーチがみずからに課した使命のエッセンスは、いつも哀れみを込めて語り続ける言葉が活字となって広く読まれることにあると私は確信している。p31

 

 

永い年月の中で、このシルバーバーチ交霊会での体験ほど素晴らしいものはなかった。シルバーバーチが語ってくださった言葉に私は思わず涙を流した。シルバーバーチという霊に何か強烈な親近感を覚え、それでつい、ほろっとしてしまった。p33

 

強烈な親近感。

なるほど、そうなのかとハートが温かくなりました。これが本当の愛を携えている存在との交流の感想なのですね。

 

交霊会が終わったあとブラザージョンは何よりもシルバーバーチの素朴さと謙虚さに一番心を打たれたと語り、こう続けた。p39

 

「その素朴さとは二つの世界を一体ならしめる素朴さ-----偉大なる魂が素朴にして深遠な真理を説くために地上のもう一つの魂の身体と精神とを支配するための素朴さである。

それに謙虚さ----(略)それは私が思わずお礼の言葉を口にした時で、そのたびにシルバーバーチは穏やかに、そして優しく“私への礼はおやめ下さい。私が感謝を頂戴するわけにはまいりませんから”と述べるのだった」

 

「素朴」----慣れ親しんだ単語であり、それはいたるところに存在していそうですが、そう言われてみれば、そんな人物に出会った記憶がないような気がします。素朴とは希少価値かもしれません。

 

でも、「素朴」という言葉を耳にしたとき、すぐにイメージがわきます。

例えば文学の中にひっそりと登場する人物、または童謡の旋律の中に、「今」を生きる動物の瞳の中に。

そしてそれらを思い浮かべただけで、心が温かくなります。

 

USさんが、会の初めにシルバーバーチの祈りを唱えますが、今回、その祈りの言葉の中に宮澤賢治のイメージが浮かんだと仰ってました。

それは「素朴さ」だと。

なるほど、宮澤賢治はたしかに「素朴さ」を備えた人であります。

 

シルバーバーチの祈り・抜粋>

私がこうして存在することの真の理由、宇宙人生の背後に秘められた真の目的を啓示され給い、日夜私たちをお導き下さるその愛に深く感謝いたします。

また、私たちのために真理普及の道を切り開いてくださった先達の数々、地ならしをしてくださった開拓者の数々、悪戦苦闘した改革者たち、その他、宗教家、哲学者、賢聖そのうちのある者は地上にては名も知られず、死して漸くその偉大さを認められ、あるいは死後もなおその偉大さに気づかれずにおりますが、こうした人々の全てに対しても深い感謝の念を禁じ得ません。

 

私もこの部分はとても大好きなところです。

「素朴」には人を安心させる力があります。

 

 

人見知り傾向がある私は、他人に気安く話しかけることができないのですが、宮澤賢治なら、そばに寄って自然に話しかけてしまうような気がします。彼なら受け入れてくれるだろうという安心感です。

きっと素朴さがそう思わせるのだと思います。

 

素朴は愛のかたちかもしれません。

そして、素朴に叡智が加わると、神のイメージに近づきます。

 

 

さて、九巻に入ったところで、これまでの八巻とは少し違うなと思いましたところ、編者が変わったのですね。

九巻は女性が担当しているので、なんとなく少し柔らかいような気がしました。

心のサークルのこのブログも時々担当者が変わります。

個性が違うということは、彩りなんだなと思いました。

 

 

 次回 第102回 心のサークル お知らせ

 

【と き】  2019年 2月24日(日)、14時~17時 

【ところ】 宮城県歯科医師会館(仙台市青葉区国分町1-5-1) 4F和室

 

入り口は正面玄関ではなく裏口になります。

入口表示板に、部屋がどこか書いてあります。ご確認お願いします。

窓口に医師会館の方が常駐していらっしゃいますので、

わからない時は声をおかけください。

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(9)』第三、四章の読書会 

【持ち物】 上記書籍をご持参ください。

【参加費】 喜捨

【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。

 日常を離れた空間で、ともに学びましょう!

新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。

【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com

又、これまでのメンバーの皆様は、出欠係の柴田までご連絡ください。

 

第100回 心のサークル報告

【と き】2018年12月23日(日)、14時~17時 

【ところ】 宮城県歯科医師会館 4F 和室

【参加者】 進行:US 記録:US

 US、HM、GS、MM、IK、SK、ST       以上7名

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(9)』の読書会 

 

 今回で、心のサークルも百回目を向かえます。これを記念して、ブログ製本したもの(50回目まで)を正式に完成し、常連のメンバーさん達に配布することとしました。ただし、この分冊だけでもB6サイズで、400ページ近くに及ぶ大作です。手にずしりとくる触感を味わいながら、シルバーバーチの霊訓全12巻を読まれる時に、多くの参加者がこのサークルで霊訓を輪読して来たヒストリーに思いを馳せていただけると幸いです。ここで、当会の成り立ちについて少し紹介いたします。

 心のサークルは、2009年5月17日(日)に私を含め、4人のメンバーでスタートしました。当初は、「シルバーバーチの霊訓」(12巻)を代表とするスピリチュアリズムの勉強会という主旨でしたが、徐々に「シルバーバーチの霊訓」そのものの読書会をメインとする形に自然と変わって、今に至っています。原則、月一回(第三日曜日)開催する例会なので、一節を皆で輪読することとしてきましたが、途中で切って分けたり、二章を連続して読んだり、文章の長さに応じて、調節しています。月一回3時間という限られた時間なので、この12巻を読破するには、あと何年かかるかわかりませんが、関連して質問を受けたり、互いにシェアしたり、メンバーズの皆様との時間の共有の方が大切だと考えております。シルバーバーチの霊訓は、一般の方には、しばしば理解が難しいという声を聞きますが、どちらかというと初心者に向いている会だと思います。そのため、実際シルバーバーチについて初めて知ったという方もおられ、輪読には、参加せず、オブザーバーになったり、あるいは、一回限りの方も結構おられます。ただ、何事も血となり肉となるには、時が必要だと考えており、少しでも記憶に残っていただければ良いというオープンなスタイルを取らせていただいております。10年近く開催していると、いつしか常連になられる方もおられますが、本来のサークル(当時の交霊会としてのサークル)という意味合いに近づいて来ているような感じがします。もちろん交霊会ではありませんけれど。開催する場所も大切なので、できれば、固定する方が、良い分けですが、取りあえず、この会館を借りられるうちは、仙台市内という利便性があり、ここで固定して開催したいと考えております。多くの参加者の今生での縁を大事にして、また、あの世での縁も見据えて、まずは、霊訓の完読まで続けてまいりましょう!!

さて、第一章に入ります。

 

一章シルバーバーバーチは、なぜ戻って来たか

『正直言って私は、あなた方の世界に戻るのは気が進みませんでした。地上というのは、いったんその波長の外に出てしまうと、これといって魅力のない世界です。私がいま定住している世界は、あなた方のように物質に閉じ込められている者には理解の及ばないほど透き通り、光り輝く世界です。

 くどいようでうすが、あなたの世界は私には魅力のある世界ではありませんでした。しかし、やらねばならない仕事があったのです。しかもその仕事が大変な仕事であることを聞かされました。まず英語を勉強しなければなりませんでした。地上の同志を見つけて、その協力が得られるよう配慮しなくてはなりませんでした。それから私の代弁者となるべき霊媒を養成し、さらにその霊媒を通じて語る真理をできるだけ広く普及させるための手段も講じなくてはなりませんでした。しかし同時に、私が精一杯やっておれば上方から援助の手を差し向けるとの保障も得ました。そして計画は順調に進められました』

 

 ずばり前書きのこの文章で、答えが、まとめられています。このことを具体的に本文で説明しているわけです。

 

『要請された使命をお引き受けしたとき私はこう言われましたー“あなたは物質の世界へ入り、そこであなたの道具となるべき人物を見いだしたら、こんどはその霊媒のもとに心が通じ合える人々を集めて、あなたがメッセージを述べる補佐をしてもらわねばなりません”と。わたしは探しました。そして皆さん方を見出してここへ手引きしました。』

 

 ここから、当サークルに置き換えて考えてみましよう。バーバネルに相当する霊媒は、おりませんが、シルバーバーチの霊訓という21世紀のバイブルと評される霊言集が、あります。私は、主催者の一人として、当初から審神者(さにわ)的なスタンスで臨んでいますので、当時の会の主催者ハンネン・スワッハー氏に似た立場でしょうかね。座席は、だいたい私が中心になって、扇方とは言えませんが、楕円形に常連の皆さんが、取り囲みます。まさに私にとっては心の通じ合える方々が集まって、かってのホームサークと雰囲気的に似てきていますね。これは、偶然と考えていましたが、当時と比べますと資財不足にも拘らず、最良に構成され、まさに天の成せる技かもしれませんね。

 

『私が直面した最大の難問は、同じく地上に戻るにしても、人間が納得する(死後存続の)証拠つまり物理現象を手段とするか、それとも(霊言現象による)真理の唱道者となるか、そのいずれかを選ぶかということでした。結局私は難しい方を選びました。』

 

 この考えもサークルでは、踏襲していると思います。物理現象は、目に見えるので、証拠を信じ易いですが、霊性を高めることに必ずしも結びつきません。本質は、真理の唱道者になり、霊性あるいは霊格を高めることです。シルバーバーチは、霊的に成熟した人に訴えようと決意したと述べています。つまり、霊訓を理解できる方は、霊的に成熟した方だとも言えるでしょう。そのため、脱落者も多い難関の道でもあります。私も昨年「幽界訪問記108話—死んでも死なないー」(創栄出版)という本を出版しましたが、死後存続についての唱道者的な立場を表現した本ということもできるでしょう。

 

『と言って、別に新しいことを説こうというのではありません。すぐれた霊各者が何千年の昔から説いている古い古い真理なのです。それを人間がなおざりにしてきたため、私たちが改めてももう一度説き直す必要が生じてきたのです。要するに神という親の言いつけをよく守りなさいと言いに来たのです。』

 

 古い古い真理とありますが、普遍的な真理は、永久に新鮮かつ不滅です。知らない者にとっては、神から与えられた至高の金言であり、魂の琴線をきっと揺さぶるでしょう。

 

『一個の人間が他の人間を救おうと努力するとき、その背後には数多くの霊が群がってこれを援助し、その気高い心を何倍にもふくらませようと努めます。善行の努力は絶対に無駄にはされません。奉仕の精神も決して無駄におわることはありません。誰かが先頭に立って薮を切り開き、あとに続く者が少しでも楽に通れるようにしてやらないといけません。やがてそこに道ができあがり、通れば通るほど平坦になっていくことでしょう』

 

 善行や奉仕は、利他愛を志向する霊界の霊団の絶大な協力を得ることができます。立ちはだかる艱難にひるむことなく、神の使徒として利他愛に燃えながら、同志の皆さんと棘の道を切り開いてまいりましょう!!

 

 次回 第101回 心のサークル お知らせ

 

【と き】  2019年 1月20日(日)、14時~17時 

【ところ】 宮城県歯科医師会館(仙台市青葉区国分町1-5-1) 4F和室

 

入り口は正面玄関ではなく裏口になります。

入口表示板に、部屋がどこか書いてあります。ご確認お願いします。

窓口に医師会館の方が常駐していらっしゃいますので、

わからない時は声をおかけください。

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(9)』第二章の読書会 

【持ち物】 上記書籍をご持参ください。

【参加費】 喜捨

【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。

 日常を離れた空間で、ともに学びましょう!

新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。

【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com

又、これまでのメンバーの皆様は、出欠係の柴田までご連絡ください。

 

 

「幽界訪問記」講演会抄録

 平成30年一般財団法人福来心理学研究所第4回定例会を11月10日(土)に幽界訪問記という演題で、開催いたしました。その時の抄録を以下に転載します。


 

 27年度及び28年度例会において垣間見た死後世界という演題で、お話しましたが、今回、これをまとめた形で創栄社から出版 致しました。「死んでも死なない~肉体が無くなっても魂は、永遠に生きる・幽界訪問記108話~」というタイトルで、30年8月から販売されています。本書は、夢日記のようなものなのですが、ここで扱ったのは、いわゆる明晰夢と言われるものです。特に明晰夢下では、体外離脱(幽体離脱に同じ。)が起り易いと言われ、ヘミシンクのように幽界という死後世界の体験も可能です。

 今回、私としては、これらの夢体験に対して、通常行うような心理学的分析ではなく、スピリチュアリズム的分析を行い、一般の方にスピリチュアリズムというものを理解していただきたいという意図が、あります。また、もう一つの意図は、この体験記は、私が長年信奉しているスピリチュアリズム的解釈の下に読者に死後世界を疑似体験してもらいたいと考えております。

 まず、ご存じない方のためにヘミシンクスピリチュアリズムそしてスピリチュアリズムから得られた死後世界の真相について少し解説してから、本書の幽界訪問記について述べさせていただきます。

                                                                

(1)ヘミシンクとは?

 ヘミシンクとは、ヘミスフェリック・シンクロナイゼーション(半脳同期)の略です。分り易く述べれば、ヘッドホンを使って、左右の耳に若干振動数の異なる音を聞かせる。その時に、脳幹でその差に相当する信号(耳では聞こえない信号)が作られ、左脳と右脳が同調するというものです。

 4ヘルツ前後の脳波領域では、体外離脱、過去世体験、未来世体験、死後世界体験、ガイドとの遭遇等の体験ができます。たとえば、4〜8ヘルツは、シータ波に相当し、瞑想状態の時に出現します。ヘミシンクは聴く人を瞑想状態のような変性意識に導くことができます。また、ヘミシンクでは、意識の分離状態をフォーカスと名付け、数字が上がると意識の分離状態が深くなります。

 「スピリチュアリズム」とは、「心霊主義」と訳されます。人間の死後の霊魂の存在やその科学的根拠を信じることを意味します。本来は、「霊的に浄化する」という意味の「スピリチュアライズ」(Spiritualize)に由来するので、ここでは、スピリチュアリズムのまま用いています。関連団体として、日本には財団法人日本心霊科学協会日本スピリチュアリスト協会等があります。

 スピリチュアリズムは、霊界からのチャネリング(霊界通信)から得られた霊的真理を説いています。世界三大霊訓と言われる「シルバー・バーチの霊訓」「モーゼスの霊訓」「アラン・カルディックの霊」等を思想的背景とします。

  • 幽界の真相

 近代スピリチュアリズムにおける死後世界の分類を述べます。現在の心霊学的に見た死後世界の分類では、コナン・ドイルの分類を参考にすることが一般的です。地上に近い方から、アストラル界(幽界)、メンタル界(霊界)、セレスチャル界(神界)に別れます。特にアストラル界(幽界)について述べますと、地上界の次に位置し、中間帯、ブルーアイランド、地球圏最高界と大まかに別れます。
 ヘミシンクでいう死者の意識と対比すると、フォーカス26までが、幽界中間帯、フォーカス27からブルーアイランド、フォーカス35から上が霊界ということになると個人的には思われます。

 幽界以下を虚相の世界、霊界以上を実相の世界として、シルバー・バーチは、霊界こそが、実像だとしています。

  • 幽界訪問記

 幽界の世界で、起きること、見られること等を述べてみます。特に幽界下層は、地上に非常に良く似た世界で、自分が死んでいることを自覚していないと、生きているように錯覚してしまう世界です。しかしながら、スピリチュアリズム的視点で観察するとその違いを理解できます。項目別に述べてみます。

1)食堂

 死後、最も関心のあるのは、食べる事ではないかと思います。肉体がないので、自然と食べなくなる、あるいは、食べる必要が無くなるようですが、地上での習慣が染み付いているので、食に関係するものに執着するようです。たとえば、食堂や料理店もその一つ。食べるというのは、肉体を持った人間としては、最大の欲であり、楽しみと言えるでしょう。

2)ホテル

 食の次は、肉体を休めるために、寝る場所が想い浮かびます。もちろん、幽界では、肉体が無いので、寝る必要も無いし、眠くはならないようです。そういう意味では、人間の本体である霊体は、不眠不休です。ホテルや旅館は、自宅と違って、旅の目的の一つとして期待感を持って訪れます。いろいろなホテルや旅館があり、食だけでなく、温泉があったり、施設として様々な工夫が凝らされています。

3)病院

 人間にとって、病気との戦いは、死ぬまで続きます。そのために、地上においては、病院や診療所の存在は、欠かせません。通常は、死後、肉体を失っても、ショックを和らげる措置として、一時的に意識の眠りに入るため、幽界においても治療の場として、病院や診療所が、存在し、多くのヘルパー(救助霊)が、待機しています。しかし、医療従事者が、亡くなった場合、病院の形態や内容は、生前からの意識の状態が、反映されてしまいます。表向きは、良心的な医師を装っていても幽界では、本性が出てしまいます。本人の最も強い意識が出ると言ってもよいでしょう。また、幽界は、とても広い世界なので、いろいろな診療所や病院が存在します。

4)マラソン

 趣味や癖は、あの世に持ち越される事が多いです。私の場合は、きっと幽界でもマラソンをしているでしょう。昨今の日本でのマラソンブームは、多くの幽界人にも反映されているでしょう。むしろ、地上は、幽界の影絵と言われるので、向こうこそマラソンブームかもしれません。マラソン好きは、マラソン好きの世界へ体外離脱して生前から行くでしょう。マラソン好きのあなたは、今晩も夢の中でマラソン大会に参加しているかもしれないのです。

5)幽界下層

 ここは、地上にもっとも近接した幽界です。そのために、幽界上層と比べると波動が、地上のように鈍重で低い世界だと言えます。ここで暮らす霊人達の意識は、低級であり、囚われていることが多い。死の自覚を持たず、何かに執着して、一人で孤独に暮らすか、更には、自殺者のように漆黒の世界に自分を閉じ込めて長年月をそこで苦しむ人たち。あるいは、戦争で同時に死んだ兵士たちのように集団で今も戦いを続けているような世界です。はたまた、ある宗教の信者達だけで作る疑似天国のような信念体系領域もあります。

 幽界の上に存在する霊界のような本来の戻るべき世界を知らぬまま、そこに居心地の良さを見いだして暮らしています。しかし、ひとたび、その世界に疑問を抱くようなことが起きると、周囲にいるガイド達やヘルパー達に気が付き、彼らの助けを得て、この世界から脱却することができます。

6)家

 地上界で暮らしていた家は、幽界でも欠かせないようです。幽界人は、眠ったり、食べたりすることが徐々になくなっていきます。このため、地上的な家としては、外観は、美しい理想的な建物が多いですが、居場所としては、シンプルなものになります。意識の世界なので、その人に生きた時代や好みが反映されます。

7)ツーリング

 ツーリングもまた私の青春時代に凝った趣味の世界ですが、やはりバイクは、人生で一番輝いていた時代の思い出の道具です。バイクで旅行した時が、特に印象深く昔のページを開き返すことができます。しかし、やはり幽界は、地上に良く似た錯覚するような世界ではありますが、地上とは、何か違うところがあることも地上人として気が付いていたい。たとえば、幽界人達が、死の自覚があるかどうかが大きく影響します。

8)学校

 私は、小学校から通算すれば、大学は、10年いたので、22年お世話になったことになります。この間、昔は、土曜日も半日授業があったので、祝祭日以外は、一番長く過した場所と言えるかもしれません。幽界にも多数の学校があり、いろいろなケースに対応しています。たとえば、若くして死に今生で学び切れなかった学習をさせてくれる場所もあります。地上のように、教育だけでなく、研究の場としても欠かせん。そこには、ちゃんと先生役のヘルパー達がいます。学校や研究室の形態も彼らが、暮らした時代に応じて、多種多様のようです。

9)治療

 幽界には、医師団がいて地上人の治療に対して多大な影響を及ぼしています。特に地上人は、睡眠中にその恩恵に預かっていることが多い。よく病気は、夜寝ながら治るといますが、まさにそれです。医療系の研究施設では、ガイドとして守護霊や指導霊がいて、特に指導霊は、職業に関係すると言われます。さしずめ、私は、歯科医師なので、既に亡くなって幽界や霊界にいる歯科医師あるいは医師が、背後から援助してくれている可能性が大いにあります。更に私は、気診という気功術を施術するので、亡くなった気功家や整体師も手伝ってくれていると思われます。生前の職業を利用して他人を助けようとする利他愛に燃えるヘルパー達もたくさんいます。もちろん医療系の研究所もたくさんあり、地上に応用できる治療法を研究しています。新しい治療法が見つかると頭に突然浮かぶインスピレーションや夢の中で情報を送ってくれるようです。

10)観光

 地上界と同じように地上を観光することはもちろんできますが、幽界の観光地もたくさんあり、そこを訪れることもできます。外国人は、やはり外国人同士で集まり、しばらく生活しているので、そういった異国の観光もできます。特殊な遊技場や動物園などももちろんあり、たくさんの人が集まっています。地上時代に行けなかった常夏の国や南国のパラダイスももちろん経験できます。私も死後、あちらの世界に行く時は、肉体から自由になりどこへでも行けるので、地上も含め、いろいろ見て回りたいと思っています。

11)震災

 私は、今回の東日本大震災の被災者でもあります。診療所は、海から1キロのところにあり、全壊してしまいました。幸い、この地域には、4メートルの堤防があったため、海から来た7メートルの津波に何らかの抵抗を示し、多くの建物が、残ることができました。私の家も建物が残り、一階の診療所は、全壊でしたが、二階の自宅は、大丈夫でした。このため、震災後約1年後に改修して住んでいます。ただ、人口も半減してしまいましたが、私が校医をしている小学校や中学校は、4年目に再開しました。地域の復興に医療は、不可欠です。震災後は、無医村化した被災地が多い中、約5年後、診療所も自宅の隣に新築して、再開することができました。

 さて、震災で約2万人の方が、亡くなられてわけですが、震災後7年以上経過した現在、多くの方々が、地上を離れ幽界におられると思われます。そもそも幽界は、一次休憩所のようなところで、肉体の死に対するショックアブソーバー的な役割を果たしています。震災直後は、死の自覚が無く、混乱した意識状態の方が、多いと感じられましたが、徐々に回復して落ち着いてこられているようです。

12)教訓

 地上生活で不足した部分を補う教育係もいます。これもガイドやヘルパーの仕事です。一方で、幽界での生活は、地上の垢を落とす癒しの場としての役目もあるので、徐々に地上での生活を思い出しながら、いろいろと反省させられるでしょう。意識だけの世界であるので、自分が最も暮らし易い場所を選ぶことができます。二度と艱難辛苦の地上になどに戻りたくないと、ここに来て間もない頃は、多くが、そう思うらしいですが、徐々にまた地上での生活が懐かしくなり、地上に戻りたくなるようです。地球人は、輪廻転生のサイクルからなかなか脱却できません。カルマの問題もありますが、様々な教訓を学びながらも、いろいろな執着がそれをさせます。

13)幽界上層

 私の経験では、幽界上層は、実に美しい世界です。スピリチュアリズムでは、地上は、霊界の影絵にしか過ぎないと言われますが、筆舌に尽くしがたい世界とは、ここのことを言うのでしょう。癒しの世界ですので、やりたいことが、何でもかないます。そのため、いつか飽きる時が来ます。それが、次の世界へ旅経つ時です。地上へ戻るか、上の世界である霊界に行くか。すべては、自分で決めることになります。それまで、思う存分楽しんでいただきたいと思います。幽界は、かつては、精霊界と言われました。あくまでも精霊界は、霊界への中間帯でしたが、近年人の意識の唯物化に伴って、多くの人の意識が長くここに囚われしまい、拡大して行った中継基地であると言えます。少なくとも、死後スムーズに幽界上層へ行きたいものです。

14)宗教

 地上の宗教を信ずる者は、死後、囚われの世界である信念体系領域に陥る可能性が高いようです。ここでは、教祖を中心としたピラミッド形の階級世界を形成します。世界は、自分の宗教で統一されたと錯覚するような疑似天国です。他の世界から隔絶した信者だけの世界なので、多くの信者は、居心地の良い安住の世界だと思うでしょう。やがて、教義に矛盾あるいは疑念を感じて、この世界から旅経ちたいと思う者が出て来ます。しかし、宗教団体から脱会する難しさは、これを妨害しようとする信者の抵抗等のため、地上の比ではない場合もあるようです。地上にいる時に宗教の持つドグマに陥らぬことです。常に内なる神である理性に従い、疑ってかかる姿勢が大切であると思います。

15)過去世

 幽界に来ると、意識が何かに囚われていなければ、自分の関連する過去をすべて思い出すそうですが、類魂説に従うと、潜在意識の中に閉じ込められている大いなる自分を自覚するようになるそうです。厳密な意味で言えば、過去世は、地上で言う所の個性を持った自分では無く、つまり、自分の類魂が経験するとスピリチュアリズムでは、言われています。ただ、広義で言えば、自分の過去世ということになるかもしれません。地上は、修行の場であるので、職業だけでなく、家族でも親子とか立場が逆転したり、いろいろな経験があるはずです。

 16)高所恐怖

 高所恐怖症に限らず、海が怖いとか、理由も無く極端な恐怖を感じるのは、どうも過去世が関係している場合が、あるようです。私は、ヘミシンクのワーク中に何度かその場面を見せられました。過去世の中で、高所恐怖は、高い所から落ちて死んだり、海の場合は、南方の島で、津波で溺れて死んだとか、そういった致命傷になった体験があるようでした。もちろんスピリチュアリズム的に言えば、自分の体験というよりも類魂の体験を共有していると考えられます。幽界では、肉体から解放されるので、潜在意識にある恐怖や不安の感情(マインド)を取り去ってくれるような癒しの体験ができるようです。

 17)幽界の人々

 幽界には、いろいろな世界があるようにいろいろな意識を持った住人がいます。地上的思考から離れられていない場合が、多いので、意識が囚われています。もちろん地上人も夜な夜なそこを訪れて会話をしたりしているわけですが、目覚めると忘れてしまいます。地上の友人同士で会話することもあるし、見知らぬ外国人とも会話できます。不慮の事故や災害で死んだ人も当然訪れます。現幽交通は、実は、頻繁に行われていますが、忘れるか、目に見えないので、気が付かないだけなのです。親しかった故人にも会えます。やがて、幽界の住人もその思い出深き幽界を離れる時が、必ずやって来ます。

                           (文責 上原 忍)

第99回 心のサークル報告

 

【と き】  20181125日(日)、14時~17

 【ところ】 貸し会議室 スペイシー

 【参加者】 進行:US、記録:SK

 USHMGS、MM、IKSK       以上6

  【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会 

 

 

 

いよいよ第99回を迎えました!

次回はついにメモリアル! 100回目を迎えます。

思えば長い年月が過ぎました。

これまで台風の日も、記録的な大雪の日があったにも拘わらず、どなたも中止になるとは考えもせず、靴下までビショビショに濡らして集まった日々のことを思い出します。

私たちがこの会に来ることをどれだけ大事にしているかという証拠だなぁと思っています。

北海道で活躍されているAさんに改めて感謝します。

 

さて、今回はいつもの歯科医師会館が使えず、貸し会議室を利用してみました。

はじめての場所だったのでみんな迷わず来てくれるかなぁと心配しましたが、6人が集まってくださいました。ありがとうございます。

仙台駅近くだったので、とても地の利がよく、古いビルのわりにはお部屋がとても清潔で明るく、落ち着くお部屋だなぁと思いました。

 

IKさんが誘導瞑想をし、シルバーバーチの祈りは、USさん眼鏡を忘れたため、代わってMMさんが唱え、読書会始まりです。

 

 

 

シルバーバーチ霊訓 第8巻 

解説 “再生“と“前世”についての誤解

 

訳者・近藤千雄さんの解説13頁ほどですが、スピリチュアリストの重鎮からの大切な提言が書かれていると思いました。

 

今、霊的な関心が高まっている時代です。

さまざまな角度やレベルで、スピリチュアリズムが語られ広まっています。

しかし、その中にはまったくの出鱈目であったり、認識不足、勘違い、思い込みの代物がたくさんあり、ニセ霊能者にうっかり騙されたり、愚にもつかないことを信じてしまう危険についての提言です。

目に見えないものを信じるスピリチュアリストにはそれを見分ける感性が必要になると思うのですが、「疑う目」を養うのも重要なことだと思われます。

また、誤った認識でスピリチュアリズムを語ることも大変危険で迷惑な行為となるので気をつけねばなりません。

加えて、霊界のレベルはあまりに高いため、それを説明するには地上世界の言葉では足りない、その単語すらないという状況のため、シルバーバーチでさえどの言葉を使って伝えようかと苦労するということを漏らしています。

それなので、人間たちはそれぞれのレベルで勝手に理解してしまっているために、同じスピリチュアリストでも、見解がかなり違うこともあります。

とても繊細な感性が必要だなと感じています。

 

さて、そのなかで興味本位に語られる「再生と前世について」を近藤先生は次のようにまとめておられます。

 

  • 人間には前世はわからない。
  • たとえわかっても何にもならない
  • 再生問題は人間があげつらうものではない
  • 悪ふざけをして喜ぶ低級霊団の存在

 

知ってどうする——。なるほどですね。なにごとも動機が大切ですが、なぜ知りたいか? と考えますと、ゴシップ的な興味、と言われても否定できないかもしれません。重鎮からの厳しい戒めを頂いたような気がします。

 

過去生で何をしてきたのか、今生でどんなカルマが働いているのか、その神秘に接してみたいと私も思いますし、実際に教えてもらったこともありますが、過去生が見えるからといって霊能者に自分の人生の舵を預けてしまうことのないようにしなければならない、ということへの提言かなと思いました。

 

肉体をもって生きているからには、地に足をつけて生きることが大事であって、過去生や秘儀にばかり焦点をあてても意味がないということかもしれません。

 

自分の前世が誰だったかという話になると、みな有名人や有識者ばかりをあげる。私はこれまで12人のマリーアントワネットと会ったが、横丁のおじさんだったと証言する人と会ったためしがない。

という笑い話を書かれています。

確かに、人類のほとんどの人はただの人なのですから、前世だって無名の一般人が多いのが当たり前のはず。つまり出鱈目を教えられていることが多いということ。後で述べますが、低級霊にまんまと騙されている証拠かもしれません。

 

逆にこんな現象があると書かれています。

 

偉大なる霊がまったく無名の生涯を送ることがよくある。ほんの身近な人たちしか知られず、一般世間の話題となることもなく、死後はだれの記憶にも残らない。その無私で高潔な生涯は人間の模範とすべきほどのものでありながら、それを証言する者は一人としていない。そうした霊が一介の工場労働者、社員、漁師、あるいは農民の身の上に生をうけることがある。これといって人目につくことをするわけではないのだが、それでいて類魂の中心霊から直接指導を受けて、崇高な偉大さと高潔さを秘めた生涯を送る。かくして、先なる者が後に、後なる者が先になること多しということにもなるのである。

 

私はこの記述に大変心を打たれました。

人間の常識とは全くちがう価値観が働いているところが、霊界らしさを感じます。

地位、名誉、職業、性別、地域、人種、生い立ちなど、すべて無関係。

魂の輝きだけが価値のあるものなのです。

 

自分が昔お姫様だったなどと自慢に思って、溜飲を下げたりしたところで何にもならない。それこそ地位にこだわる低次元の話なのでしょうね。

 

そんな軽薄な興味にあたら時間と精神とを奪われるよりも、五感を中心として平凡な生活に徹することである。そうした生活の中にも深刻な精神的葛藤や身体的苦闘の材料がいくらでもあるはずである。それと一生懸命取り組んでいれば、ごく自然な形で、つまり無意識のうちに必要な霊的援助を授かるのであり、それがこの世を生きる極意である。

 

平伏したいほどの一文でした。

平凡な生活に徹する。一生懸命。これでいいんですね。とかく何かを為さなければ! と思い焦ってしまいますが、一日一日、自分の仕事を丁寧に、黙々とやること——こう書いただけで身が引き締まる思いがするのですから、きっとそれは尊いのだと思います。

 

弱き立場にこそ高潔な魂が生まれる。つまり、弱き立場こそ尊いともいえます。平凡こそ尊い

平凡を一生懸命。案外難しいのでは? 自分の小さな役目を卑下して手を抜いたり、いい加減に終わらせたり、おざなりになってはいないか? ほんとうに真摯に向き合っているか? もう一度考え直してみたいと思います。

 

 

偉大なる霊も、肉体に宿るとそれまでの生活の記憶を失ってしまうものである。そうした霊にとって地上への誕生は一種の自己犠牲ないしは本籍離脱の行為といってもよい。

そうした霊が死後向上していき、ある一定の次元まで到達すると前世のすべてが(知ろうと思えば)知れるようになる、というのがシルバーバーチの説明である。

 

偉大なる霊でもこうなのですから、人間が少々霊能があるからといって、そう簡単に前世が分かるものではないということについて、何人かとても素敵で尊敬するミディアムを知っているので、全員の話ではないと思いますが、偽物は多いですから、見分けることは大事だと思います。

 

人間はとかく霊というものを人間的興味の観点から詮索しようとするものである

世の中のニュースをみていると、人間の興味の対象がどれだけ低いかよくわかります。

 

悪ふざけをして喜ぶ低級霊団の存在。

 

この存在については本当に注意すべきことだと思われます。

邪霊集団の存在があることの記述の後に

 

言い残したものにもう一種類の霊団がある。悪ふざけ、茶目っ気、あるいは人間を煙に巻いて面白がる程度の動機の集団で、邪霊というほどのものではないが、良識に欠ける霊たちが降霊会にもっともらしく、見せかけの現象を演出し、名を騙り、意識的に間違った情報を伝える。

邪霊というほどのものではないが、良識に欠ける霊たちであり…

 

良識に欠ける霊…(^_^;)。なんか笑ってしまいました。

人間にも良識に欠ける人がいるのと同じですよね。

低級霊に騙されないように高級人間にならないと! なーんちゃって(#^.^#)

 

腑に落ちないことは信じない。

疑う。

自分で考える。

 

これが大事だと思います。

 

真理の道を授かるにはそれを見分ける理性を磨くしか道はないのかなと考えます。

そして、自分をも常に点検すること。波動が下がっていないか? 低級霊に踊らされていないか? 自分を盲信していないか? こだわりをなるべく無くし、いつでも自由になれるようにしていたいと思います。

そして、分からなくなったらシルバーバーチの霊訓を読み、軸を整えたいです。

 

 

最後にこの一文を

 

五感はたしかに鈍重であるが、それなりの安定性はある。それに引き替え、霊能というのはきわめて不安定であり、肉体の健康状態、精神的動揺によって波長が変化し、昨日は高級霊からのものをキャッチしていたのが今日は低級霊に騙されているということがある。まさに両刃の剣である。

 

以上、第99回の読書会報告終わります。

 

次回は第9巻へ突入です!

終了後には忘年会も予定されてます。

よろしくお願いします。

 

 

 

 次回 第100回 心のサークル お知らせ

 

【と き】  2018年 12月23日(日)、14時~17時 

【ところ】 宮城県歯科医師会館(仙台市青葉区国分町1-5-1) 4F和室

 

入り口は正面玄関ではなく裏口になります。

入口表示板に、部屋がどこか書いてあります。ご確認お願いします。

窓口に医師会館の方が常駐していらっしゃいますので、

わからない時は声をおかけください。

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(9)』第一章の読書会 

【持ち物】 上記書籍をご持参ください。

【参加費】 喜捨

【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。

 日常を離れた空間で、ともに学びましょう!

新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。

【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com

又、これまでのメンバーの皆様は、出欠係の柴田までご連絡ください。

 

第98回 心のサークル報告

【と き】  20181028日(日)、14時~17

 【ところ】 宮城県歯科医師会館 4F 和室

 【参加者】 進行:US、記録:SK

 USHMGS、MM、SK       以上5

  【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会 

 

この日の参加者は5名。

常連のメンバーが数名お休みで、少しこじんまりでした。

でも、先月体調不良でお休みだったGSさんが元気な姿を見せてくれたので ほんとに嬉しかったです。

今年もあと残すところ2ヶ月。早くも忘年会の日程の相談も始まりました。今年も終わるんだなぁと思うと、なんとなく寂しくなります。そして、いよいよ冬。これからが我慢の季節。また始まるのだなと、覚悟を決めるのは北国の独特の感想なのかなとふと思いました。

冬を憂鬱と感じるのはその寒さと日の短さだと思います。それを思うと一年中常夏の国の人々は時が過ぎていく悲哀みたいなものは、もしかしたら無いのかもしれないと想像しますが、実際どうなんでしょうね?

 

USさんがシルバーバーチの祈りを唱え、読書会始まりました。

 

シルバーバーチ霊訓 第8巻

7章 愛すべき仲間たち———動物

 

前回の続きを読みました。190Pからです。

動物は下等なのか? 人間より劣るのか? という質問。

動物にはよく“下等”という言葉が付けられますが、人類より本当に劣っているのでしょうか? まだ人類と同じ進化の段階まで到達していないのでしょうか? と申しますのは例えば犬には人間に対する無私の献身と忍耐という資質があります。これはわれわれも大いに学ばされます。進化の道がまったく異なるのでしょうか?

「いえ、進化は全生命が一丸となって歩むものです。進化の法則はたった一つあるのみで、生命活動の全側面を規制しております。P199

と述べたあと、

一つの視点から観れば動物は“下等“と考えることができます。しかし、それですべての検証が終わったわけではありません。

動物に教えられることが多いのは当然のことです。動物は忠誠心、愛着心、犠牲心、献身といった資質をけなげに表現しますが、これは人間が学ぶべきすばらしい手本です。しかし人間にはそれらを意識的に、そしてもっと高度に発揮できます。なぜなら、動物よりも意識の次元が高いからです。ただし、ここでも霊的意識のことではありません。」

犬たちの忠誠心がどれだけ素晴らしいか、皆が認めるところであります。存在だけで人を癒し、なかには人間よりずっと立派に仕事をしている犬もいるのですから、下等だなどと簡単には言えないですね。

「一つの視点から観れば…」という言い回しに私は感心しました。単純な質問ほど簡単には答えられないという経験はよくありますよね。質問する側はイエスかノーで答えが返ってくるだろうくらいの気持ちで気軽に質問しますが、答える側にすると、そんな簡単な話じゃないのだがなぁ、困ったなぁと頭をフル回転させることがあります。そんな場面に出くわしたときの答え方として、シルバーバーチは上手いなぁと感心しました。

相手の理解力に合わせて説くというのは至難の業なのだろうと思います。大学の授業を中学生に教えようとすることを考えるとそれは容易に想像できます。霊界の最上界に住むシルバーバーチは、最下層ともいえる地上の私たちにいつも根気強く、適切な言葉を選んで伝えてくれています。改めてその苦心に対し敬意を表したいです。

USさんが、東日本大震災で捜索活動をした警察犬の話を話されました。

あの時の目を覆う惨状には、犬たちも強いストレスを受けたのだそうです。

生きている人を探すのが任務なのに、周りは死者ばかり。混乱と恐怖に見舞われたのかもしれません。また、危険なものだらけの瓦礫の山の上で靴を履かない犬たちの足はあまりに無防備でした。それでも任務を遂行した忠誠心。本当に頭が下がるばかりです。それこそ無私の心ですね。人間よりずっと真面目で、まさに愛すべき動物たち…です。

 

第7章では動物愛護運動に生活を捧げているご夫婦が招かれていました。

権利を主張することのできない動物たちの代わりに、その権利を守ってあげる活動、それがとても大変な仕事であること、どれだけ立派なことをしているかについてお二人を称えています。

お二人が生涯を傾けておられる動物は、究極的には人間が責任を負うべき存在です。なぜならば人間は動物とともに進化の道を歩むべき宿命にあるからです。ともに手を取り合って歩まねばならないのです。動物は人間の貪欲や道楽の対象ではないのです。動物も進化しているのです。

自然界の生命はすべてが複雑にからみ合っており、人間の責任は、人間同士を超えて草原の動物や空の小鳥まで及んでいます。抵抗するすべを知らない、か弱い存在に苦痛を与えることはぜひとも阻止しなければなりません。

装飾品にするために動物を殺すことは、神は許しません。あらゆる残虐行為、とりわけ無意味な殺生は絶対に止めなくてはなりません。物言わぬ存在の権利を守る仕事にたずさわる者は、常にそうした人間としての道徳的原理にに訴えながら闘わなければいけません。小鳥や動物に対して平気で残酷なことをする者は、人間に対しても平気で残酷なことをします。P204

 

毛皮のコートが消えつつあります。もっとも、まだそれを好む愛好家はいますが、人々の認識はだいぶ変わってきたと思います。これは動物愛護運動家の活動の成果であり、人間の意識の変化のひとつなのでしょうね。

しかし、問題は毛皮だけじゃありません。たとえば、皮の鞄、皮の靴、冬には欠かせない羽毛。かく言う私もダウンジャケットの軽さと温かさは手放せませんし、皮靴も履くし、皮のバッグも持っています。それに、肉も食べます。

今の私のレベルはこの程度。謙虚に受け止めなければならないと思います。

それにしても、新しいダウンジャケットが店頭に山のように並んでいますが、どれだけの動物が犠牲になっているのでしょうね。

いずれは野生動物と人間との共存共栄があたりまえのこととなる日がくるのだそうです。

愛が愛としての本来の威力を発揮するようになれば、すべての創造物が仲良く暮らせるようになります。地球という生活環境を毒し問題を発生させる不協和音と混沌のタネを蒔くのは、人間という破壊主義者、人間という殺し屋です。すべての問題は人間がこしらえているのです。

私が破壊主義者であり、殺し屋であることを認めないわけにはいきません。このことについては、宿題だなと思います。

せめて、すべての命に敬意を払うことができるようになりたいです。けれども、そうやっきにならず、自然に。向上は一昼夜でできるものではないと思うからです。

私たちが目をつむっているのは動物だけではありません。世界では栄養失調で死んでいく多くの子供達や、戦闘地域で明日の命の保証もないまま、恐怖の中で脅えている人々が、今、この瞬間に存在しています。同じ時間、先進国の我々は呑気にお茶を飲んでいたりするのです。

遠い国の人だけではありません。身近にも悲しみや、孤独、さまざまな恐怖で助けを求めている人がたくさんいます。もしかしたら、助けることができるかもしれないのに、どうすればいいのかわかりません。でも、お金で助けるのには限度があるでしょう。やはり、魂の救済なのだろうなと思いますが、どうすれば伝えられるのでしょうか。

スピリチュアリズムが貧しい人や病気の人々にも広まり、命が永遠だということと、今の苦難にはちゃんと意味があり、無駄ではないこと、必ず埋め合わせがあることを知ってもらえたらと思います。そうすれば苦しみを受け入れることができ、光を見出すことができるかもしれないのです。

今の境遇を愛することが出来れば、魂が救われることができるはずと思うのです。

以上、第7章の感想でした。

 

次回の心のサークルは会場がいつもとは別の場所で開催されます。

迷わずにお集まりくださいね!分からない方はSKまで連絡ください。

 

次回 第99回 心のサークル お知らせ

 

【と き】  2018年 11月25日(日)、14時~17時 

【ところ】 貸し会議室 スペイシー

仙台市青葉区中央3丁目8-5 新仙台駅前ビル312号室

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会

解説 “再生”と“前世”についての誤解

【持ち物】 上記書籍をご持参ください。

【参加費】 喜捨

【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。

 日常を離れた空間で、ともに学びましょう!

新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。

【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com

又、これまでのメンバーの皆様は、出欠係の柴田までご連絡ください。