心のサークル(blog版)

心のサークルは、スピリチュアリズムを学べますが、オープンな初心者向です。

第94回 心のサークル報告

【と き】  2018624日(日)、14時~17

 【ところ】 宮城県歯科医師会館 4F 和室

 【参加者】 進行:US、記録:SK

 USSTHMGSIKMMSK        7

  【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会 

 

同じ会場で、USさん代表の気診の会が12時から開かれており、そのすぐ後が、心のサークルですが、今回の気診の会でなぜだがあちこちから差し入れがあったらしく、おにぎり、おいなりさん、おしんこなんかを、皆さんでいただいていたようです。

私も、ご相伴にあずかりまして、おいなりさんをひとつ。

大変おいしく頂きました。ごちそうさまです。

 

MMさんが、お持ちくださいましたハワードウィルス著・「生命の贈り物」の中から「祖先のために」の祈りを読んでくださいました。

同じ文言を3度繰り返す祈り。

感謝します。感謝します。感謝します。

祈りの言葉に、身を委ねました。

そして、私は、それを聞きながら、この世を去った霊の皆様が今日一緒に読書会に参加してくださるように願いました。

 

最近、アランカルディックの「天国と地獄」の本を読みました。霊界で罪を償っている霊たちが、他者からの祈りを熱望しており、真理の法則を知りたがっていることを知りました。

地上で霊界の勉強をしている集団を、頼りにしている霊たちがいるようです。

この読書会にも、シルバーバーチの言葉を聞きたくて集まってくる霊たちが、たくさん集まっているかもしれないなぁと思いました。

いつも出席者○人と記録していますが、もしかしたら目に見えないたくさんの霊たちも耳をすまして参加しているかも!?と思うと、有意義な議論をしなければ! なんて、急に身が引き締まったりしました。

USさんがシルバーバーチの祈りを唱え、読書会始まりました。

 

シルバーバーチの霊訓 8

4章 「質問に答える(二)」

 

この章は大変長くて、41頁。

輪読していた時間は約50分。

読み始める前は、長すぎるので2回に分けてもいいかもしれませんね、などと言いながら始めたのですが、実際に読み始めると、全然長く感じず、むしろもっと読み続けてもよいような気持ちよさで、とても集中していて、一種のトランス状態になったような気がします。

シルバーバーチの言葉を口に出してなぞるわけですから、高い波動を自らが発しているわけなので、これはとてもよい浄化になっているのだなと今更ながらに思いました。

家でも音読してみるのもよいかもしれませんね。

 

STさんが、シルバーバーチはやはり的確に人生の意味を語る!と称賛され、107ページのこの文章を抜き取ってくださいました。

人生そのものの根本の目標が進化であり発展であり成長であり学習なのです。進化するごとに、それまでの役目を果たしてきた身体が自動的に脱け落ちて、その進化した段階にふさわしい身体をまとうのです

4章の中にはたくさんの珠玉のメッセージがあるので、私などは、これ! となかなか選べないのですが、なるほど、この文章はシルバーバーチの訓えのエッセンスの中心中の中心ですね。

人生の目標は進化。それに尽きますね。たしかに。

人類浄化の大計画が実行中

計画は完璧です。なぜなら、その立案にあたって完璧な叡智が働いているからです。しかし、それを実現させるにはさまざまな要素を考慮しなければなりませんから、当然の成り行きとして、その進展は遅々としたものにならざるを得ません。自由意志、カルマ、運勢、好み----こうしたものがすべて考慮されるのです。

中略

明日のことを思い煩うことはおやめなさいと申し上げるのです。いかなる困難、いかなる障害、いかなるハンディキャップ、いかなる反抗に遭遇しても、又、いかなる愚かさ、いかなる無知、いかなる迷信がたちはだかっても霊の力によって、万事、かならずうまくいきます。

“いかなる○○”----心の中から、これらの事すべてを一掃したら、肩のこりや、くいしばっていたあごの力は抜け、肉体は軽くなり、自然な自分に戻り、光の存在として一日を過ごすことができるかもしれません。

想像するだけで軽やかになってきます。心配や取り越し苦労をしない生活は健康にもよさそうですね。

なぜ取越し苦労するのかというと、安定への執着なのかなぁと私は思います。

前回読んだ3章にこんな文章が書いてあります。訳者、近藤千雄の注釈です。

食べて働いて寝るだけの物的な生活を超えて、何のために生きているのだろうと言う疑問をはじめた時点からその段階に入るものと私は理解している。

そのうち、“自分はこれでいいのだ”という得心ともあきらめとも悟りともつかないものを自覚し、同時に生きる意欲が湧いてくる。シルバーバーチはそのことを言っているのであろう。

下線部分に私はすごく共感しました。

さて、この章も前回と同じように死んだあとの世界への質問・応答が多数です。

霊界を知るということは、地上での生きる意味がわかります。

多くの人は存在理由も分からずに生きているのですが、近藤先生が仰るように理由を知りたいと思った瞬間から霊的な人生を始めることができるのだと思います。

それはとても幸せなことだと思います。

 

不具に生まれた妹についての質問。

なぜ、妹は40年間もそういう醜い状態で地上生活を送らねばならなかったのでしょうか。

 

こういう質問はほんとにたくさんの人が、状況を変えながらも共通に思っていることなのだと思います。なぜ、自分は生まれながらに不幸なのか?  

なぜ?

一度きりの一生。(ほんとは違いますが…)、それなのに不公平な世の中。

理不尽を感じますが、スピリチュアリズムは、この件を明確に説明できます。

不公平でもなんでもなく、その魂がそれを選んで生まれてきたのですから、予定通りなのです。

シルバーバーチはこう答えています。

この種の問題は本当は個人的感情を抜きにしてその原理を直接扱えば簡単に片付くのですが、それが出来ないのが残念です。地上に生を受けているいかなる人間も代償の法則、ときには懲罰とも言うべきものから逃れることはできません。ある段階において必ず霊的な貸借の差引勘定が行われ、貸し借りなしの状態となります。そちらで欠陥のあった人はこちらでそれ相当の埋め合わせがあります。 P111

カルマの法則があるのだろうなぁ、だから本人以外には言えないのだろうなぁと思いました。

不具に生まれて生き切ることで、浄化され、霊性進化の道を進むのだろうなぁと思います。

さまざまな困難は、魂を磨くための道具。

法則が正常に機能していること。

むしろ信頼と感謝をもって向き合えばよいのだろうなぁと思うのです。

もちろん実際は大変ですけど…、それを選んだということは勇気ある魂なのだと誇りをもてれば、それだけで向き合い方が違ってきます。

希望が生まれます。

前回の報告でシルバーバーチは「死をなぜ禍だと思うのでしょう。むしろ、死は解放であり、おめでたいことなのだ」という訓えがありましたが、困難、生涯もきっと同じなのでしょうね。

困難な状況にいる人がいたら、「今、魂を磨かれているんですね! ご苦労様です! ありがたいことですね!どれだけ進化するか楽しみですねー」みたいな声掛けをしてもよいくらいなのかもしれません。

それにしてもスピリチュアリズム———場所を間違えて発言すると大変なことになりかねないですね^^。一番肝のところで常識と真理はかけ離れているということでしょうね。

 

次回 第95回 心サークル お知らせ

 

 

【と き】  2018722日(日)、14時~17時 

【ところ】 宮城県歯科医師会館(仙台市青葉区国分町1-5-1) 4F和室

 

入り口は正面玄関ではなく裏口になります。

入口表示板に、部屋がどこか書いてあります。ご確認お願いします。

窓口に医師会館の方が常駐していらっしゃいますので、

わからない時は声をおかけください。

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会:5

【持ち物】 上記書籍をご持参ください。

【参加費】 喜捨

【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。

 日常を離れた空間で、ともに学びましょう!

新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。

【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com

又、これまでのメンバーの皆様は、出欠係の柴田までご連絡ください。

第93回 心のサークル報告

 【と き】  2018520日(日)、14時~17

 【ところ】 宮城県仙台歯科医師会館 4F 和室

 【参加者】 進行:US、記録:SK

 USHMYYGSIKSK 、UH            7

  【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会 

 

新緑があっという間に濃い緑になりました。

自然の生命たちが力強く活動しています。

それらに影響されたからなのか、私自身のエネルギーまでもが、新しい細胞に生まれ変わったかのように生き生きと動き出したような気分です。

美しい木々たちの存在は癒しそのもの。

心地よい風と木漏れ日は、人の心を平和へ誘ってくれます。

 

さて、記録係のわたくし、この回は少し遅刻。

到着まで輪読を始めるのを待っていてくださったようです。

ありがとうございます。

雑談してました~とのこと。

スピリチュアリストたちの雑談は中身が濃いはず。

なにを話してたんだろうなぁ。

気になるところです。

 

それから、この日後半は、スペシャルゲスト、長崎からUHさんが久しぶりにお顔を出してくださいました。

はじめまして♪ というメンバーも数人いましたが、直ぐに会話が弾むところは、さすがスピリチュアリズムという同じ価値観を持っているだけありますね。

 

IKさんにアンマの瞑想をおこなって頂き、USさんがシルバーバーチの祈りを唱え、輪読始まりました。

 

シルバーバーチの霊訓 8

3章 「質問に答える(一)」

 

8巻はQ&A方式の多い巻です。

ダイジェスト版みたいな感じで、読みやすそうですね。

 

寿命について。

 

人の寿命は前もって決められているのでしょうか?

 

寿命が切れる時期は大方の場合あらかじめ分かっております。

中略

地上では死を悲劇と考えますが、私たちの霊の立場からすれば悲劇ではありません。解放です。なぜなら、魂の霊的誕生を意味するからです。地上のあらゆる悩み事からの解放です。よくよくの場合を除いて死は苦労への褒章であって罰ではありません。死は何を犠牲にしても避けるべきものという考え方は改めなくてはいけません。生命現象に不可欠の要素であり、魂が自我を見出すための手段と考えます。p62

 

あらためてスピリチュアリズムは常識を覆すなぁと思いました。

でも、世の中の常識とまるっきり反対だからこそ、真理の匂いがすると感じます。

その匂いを嗅ぎつけて私たちは集まったのではないでしょうか。

 

もっと端的にこんな風にも表現します。

 

いよいよその時(死期)が近づいたひとを祝ってあげるのが本当なのです。p68

 

こうなりますと、笑ってしまうくらいですね。

知らない人が聞いたら、冗談ですよね? という感想もあるのではないかと思います。

過激ととられるかもしれないですね^^

でも本当のことなんだよなぁ。

天動説と地動説がひっくり返った頃の時代を連想します。

 

世が世なら、牢に入れられるかもしれないですね^^;

 

さて、そうは言いながら、スピリチュアリストのみなさんはどこまで実感があるのか?

 

かく言う私。

はい! 死は解放であり、魂の故郷へ帰るおめでたいことです。と、もちろんそう思うのですが、体に不調を感じただけで、暗雲を作ってしまうのはなぜなんでしょうね。

 

ハンネンスワッハーホームサークルの面々でさえも何度も何度も死について質問するのですから、肉体を持つ私たちが「死」を完全に理解るのは、それなりに難しいことなのかもしれません。

 

霊的発達程度におかまいなく地震などによって一度に何千、何万もの人が死んでいくのはなぜでしょうか。

との質問に

 

「なぜあなたは死をそんなに禍のようにお考えになるのでしょうか?」p70

 

とまずは答えます。少し笑えます。

 

本当に死はなんでもないことかもしれませんね。

生きているときの方が様々な困難と対峙しなくてはならず、苦労が多いのですから、それらからの解放はたしかに喜ぶべきことです。

 

・・・と書きながら、まだ私は生に執着しているような気がします。。

 

違う質問にたいしての答えではあるのですが、次の回答で人間がなかなか死に対する考えを改革できないでいる理由がわかります。

 

それは要するに無知と知識の差です。そこで私どもは出来るだけ知識を広め、その境界線をできるだけ広げていくように努力しているのです。知識を手にすれば人生を正面から見つめそして悟ります。無知のままでいることは暗闇の中にいることです。

 私たちはひたすら力になってあげたいと願っているだけに尚のこと嘆かわしく思えるのですが、地上の人間が無知と偏見とみずから拵えた迷信という壁に取り囲まれているために、それが目覚めを阻害して、容易に破壊できないのです。その厚い壁は真理も突き通せないのです。……後略。p66

 

無知と偏見と迷信

それが厚い壁になっている。

それを破壊するのは大事業というわけですね

その感覚はすごく実感しています。

 

死を考えることにどういう意味があるのか? 

それは、どう生きるべきかを探求するようになるから、なのだと思います。

命を大事にしようとかそういう、ありきたりな事ではないのです。

死は生の終わりではなく、この世を卒業するというだけ。

次に進級しなければなりません。

私たちはそれぞれ使命があって一時的にここに生まれてきました。

使命を思い出さずに、なにもなし得ずに死を迎えると、落第。

すごーくもったいないことになる。

 

もう一回やりなおし~。

それは、避けたい。

何度も追試を受けたくないですね、…やはり。

 

生きる意味を教えてくれたスピリチュアリズムに出会って、本当にラッキーでした。

 

あなたが肉体をたずさえた霊的存在であること、地上はいつまでも住み続ける場ではないこと、物的なものは儚い存在であることを悟れば、…もしもあなたが、死後、霊としてのあなた、不滅のあなた、神性を宿したあなたが蘇って永遠の進化の旅を続けることの意味を悟ることができれば、…もしもあなたがそうした悟りに到達すれば、そしてそこで叡智の導きに素直にしたがうことができれば、あなたは自然に死後の生活に備えた生き方をするようになります。あなたの行為はすべてあなたが到達した霊的自覚の程度によって支配されるのです。p70

 

悟りの道を迷わずに進んでいければと思います。

 

 

次回 第94回 心サークル お知らせ

 

 

【と き】  2018年6月24日(日)、14時~17時 

【ところ】 宮城県歯科医師会館(仙台市青葉区国分町1-5-1) 4F和室

 

入り口は正面玄関ではなく裏口になります。

入口表示板に、部屋がどこか書いてあります。ご確認お願いします。

窓口に医師会館の方が常駐していらっしゃいますので、

わからない時は声をおかけください。

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会:4章

【持ち物】 上記書籍をご持参ください。

【参加費】 喜捨

【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。

 日常を離れた空間で、ともに学びましょう!

新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。

【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com

又、これまでのメンバーの皆様は、出欠係の柴田までご連絡ください。

 

 

 

第92回 心のサークル報告

 【と き】  2018年4月15日(日)、14時~17時

 【ところ】 宮城県仙台歯科医師会館 4F 和室

 【参加者】 進行:US、記録:YY

 US、HMYYMMIK、SK                 6名

 

 【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会 

 

 

 

 花粉が大量に飛ぶ季節です。私は、マスクと鼻炎用スプレーが手放せません。会場では、病院で検診を受けた方もいて健康談義に部屋の温度も上がっていました。いつものようにUSさんのシルバーバーチの祈りから輪読の開始です。

 シルバーバーチの霊訓8

2章 自由意志 -人間はどこまで自由か-

 はじめての当ブログの書き込みになります。自由意志はシルバーバーチの霊訓ではよく目にする言葉ですが、深く掘り下げて学習することがなかったので良い機会となりました。

 

 人間には自我開発のためのチャンスが常に与えられています。それをどう活用するか本人の自由意志に任されております。 P32

 

  地球で自由意志を与えられている生命体は人間のみです。人間には他の生命体にない、特別な義務と責任が課せられているということです。利他的な行動をとるか、利己的な行動をとるのか、霊主肉従の生活をするのか、煩悩・欲望のままに生活するか自由意志でいずれかを選べるわけです。霊的知識を手に入れた人間は、霊的法則・摂理にそった方向性を選択できる立場にいます。知識を得たということは、それを生かして使う責務が生じたということです。法則からはずれた行いをすれば、寸分の狂いもなく自然法則が働き、自らに返ってくるので自分に起きてくる出来事に文句は言えないという事になります。霊的知識を得た人は、自由意志を霊的成長に向けて使っていけるのですから厳しい道ですが、こんなに有り難いことはありません。

 

自由意志はカルマによってどの程度制約を受けるのかという問いに

 

  人生はすべてが自然の摂理・法則によって規制されております。すべてが原因と結果、種まきと刈り入れです。法則の枠組みを超えたものは絶対に起きないということですから、いくら自由といっても、そこにはおのずから限界がある-法則という神の力による制約があることになります。しかし、法則の裏にも法則があります。物理法則だけではありません。精神的法則もあり、霊的法則もあります。 P36・P37

 

 自由意志には法則の範囲内という限界があり、人間に完全に自由な意志が行使できる者はいません。法則は一つではなく、いくつもの法則が複雑に絡み合って働いています。いかなる意志でも自らの力ではいかんともし難い環境条件にどうしても従わざるお得ない場合もあるようです。その中でも最良の選択をすれば霊的発達と進化のために貢献できるとシルバーバーチは言っています。

 

 

  もう一つ別の限界もあります。これまで、あなたが到達した精神的ならびに霊的進化の程度です。その自由は、その時点でのあなたの霊的本性によって制約をうけていることになります。 P38

 

 

 自分の利益のことだけ考えるのか、他者のことも考えられるのか、人を攻撃し傷つける行為ができるか、そうでないか霊性レベルでどのような選択をできるか制約を受けています。昨今のニュース等を見ていますと、利己的な考えが原因になっている事件や疑惑の報道が多いです。出来ることの範囲が広い政治家等には、正しく自由意志を行使できる霊性レベルの高い人になってもらいたいものです。

 

 

  カルマも非常に大きな要素となっております。なぜなら、地上に誕生してくる人の中にはあらかじめそのカルマの解消を目的としている人が少なくないからです。 P38

 

 

 地上人生で大きな罪を犯した霊や、幽界下層で満足し向上しようとしない霊などは強制的に再生させられ厳しいカルマ解消の道を歩まねばならなくなります。こういった場合には自由意志の範囲も狭まってしまうのでしょう。これも法則の範囲内という事になります。

 

 

 

 魂は、再生するに当たってあらかじめ地上で成就すべき目的を自覚しております。その自覚が地上で芽生えるまでには長い長い時間を要します。魂の内部に刻みこまれているのです。それが芽生えないままで終わったときは、また再生してこなければなりません。首尾よく自覚が芽生えれば、ようやく物質をまとった生活の目的を成就しはじめることになります。 P39・P40

 

 

 霊的真理に出会った人たちは、幸運にも自覚が芽生えた人たちです。その芽を成長させ実を実らせるのか、枯れさせてしまうのか、摂理に自分自身を合わせ実践していくのか単なる知識だけに留めてしまうのかは、本人の自由意志の選択次第、努力次第という事になってきます。(摂理とは「霊優位の摂理」と「利他性の摂理」)

 

 

 知識には大きな責任が伴うのです。知っていながら罪を犯す人は、知らずに犯す人より重い責任を取らされます。というシルバーバーチの言葉がズシリと響いてきます。

 

 

 私自身も悪い事だと分っていながらやってしまったことは、これまでに多々あります。その代償が自分に返ってきたのだなと思い当たることもありますし、これからも自分が行ったことの刈り取りはしていかなければなりません。法則は完璧なのだと実感します。

 

 

 

ページは戻りますが、この章をまとめるシルバーバーチの言葉だと思います。

 

 

 巡礼者の一人ひとりが真摯に自我の向上を求め、責任を遂行し、与えられた才能を開発して、その人が存在したことによって他の人が霊的な豊かさを得ることが出来るようにという、誠実な動機をもって生きればそれでよいのです。 P34

 

 

 人間は自由意志を悪用し、戦争・貧困・飢餓・間違った宗教による霊的牢獄など、さまざまな悲劇を生み出してきました。地獄の様相の地上世界を救うために多くの苦労の末霊界から降ろされたのがスピリチュアリズムの教えです。

 

 

スピリチュアリズムは「霊優位」、「利他愛」という2つの摂理の実践を強力に推し進め地球人類の悲劇の歴史を転換させるための霊界主導の「人類救済計画」です。

 

 

 摂理を知り実践する人が増えることで、地球は明るい世界に変わっていきます。霊的豊かさを得ることが出来る人を一人でも多く増やすため、悲劇のはびこる地球を良くしていくためにも、霊界の道具として霊的真理の普及の努力をしていかなければなりませんし、自由意志を正しく活用し霊的成長につなげていきたいと思いました。

 

 

次回 第93回 心サークル お知らせ

 

 

 【と き】  2018年5月20日(日)、14時~17時 

 

【ところ】 宮城県歯科医師会館(仙台市青葉区国分町1-5-1

 

      4F和室

 

      入り口は正面玄関ではなく裏口になります。

 

      尚、入口の表示板に、部屋がどこか書いてあります。ご確認お願いします。

 

      窓口に医師会館の方が常駐していらっしゃいますので、

 

      わからない時は声をおかけください。

 

      

 

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会:3章

 

 

【持ち物】 上記書籍をご持参ください。

 

【参加費】 喜捨

 

【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。

 

     日常を離れた空間で、ともに学びましょう!

 

 新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。

 

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又、これまでのメンバーの皆様は、出欠係の柴田までご連絡ください。

 

第91回 心のサークル報告

【と き】  2018年3月18日(日)、14時~17時
 
【ところ】 宮城県仙台歯科医師会館 4F 和室
 
【参加者】 進行:US、記録:SK
 
       USHMGSYYMMIK WM  SK以上8名
 
【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会 
 
 
すっかり春めいてきました。
といいますか、春を飛び越して初夏のような陽気になってきました。
3月だというのに26日には最高気温22度を記録しました。
ぼんやりしているとあっというまに季節が通り過ぎてしまいそうです。
 
久しぶりにWMさんが読書会に来てくださいました。
 
さて、シルバーバーチの霊訓、第8巻に突入です。
Uさんがシルバーバーチの祈りを唱え、Iさんにアンマのマーオーム瞑想を行っていただき輪読の開始です。
 
 
 
 
シルバーバーチとはいったい誰なのか。
確かに気になるところではありますが、シルバーバーチはこう答えています。
 
たとえ有名な人物の名前を述べたところで、それを証明する手段は何一つ無いのですから、なんの役にも立ちません。
私はただひとえに私の申し上げることによって判断していただきたいと望み、理性と知性と常識に訴えようと努力しております。もしもこうした方法で地上の方々の信頼を勝ち取ることができないとしたら、私の出る幕ではなくなったということです。
(略)
私たちの世界では地上でどんな肩書き、どんな財産をもっていたかは問題にされません。要はその人生で何を為したかです。(P11~12)
 
確かに、ヨセフやヨハネだと、名乗ったとしたら。
急に何かが色あせるような…。
「ほんとうにヨセフ? ヨハネ?」 など、決して解決しない疑問が大きな障害になって、中身を検討する気にもなれなくなるかもしれません。
シルバーバーチは常に「私はラベルには関心がない」と仰っているので、名前もしかりなのですね。
 
何を語るのかがこの霊訓の真髄です。
 
同じ本なのに、それをどう読むかはそのひとによって違うようです。
その違いは、「好み」の違いにすぎないと軽く考えていましたが、
「違うという現象」に隠れているほんとうの意味は、「人はそれぞれ自分の作った世界を生きている」という真理の表れなのではないか、と考えると見方が変わります。
 
シルバーバーチの本の感想を聞いてみると両極端です。
 
この世の疑問が全部晴れた! と絶賛する者もいれば
内容がさっぱりわからない、
どこが感動なのかまったく共感できない。
当たり前すぎてつまらない。
などという感想を聞くこともあります。
大感動する人から、何も感じない人まで。
 
生きている現実が違うのかもしれません。
 
 
横道にずれますが、霊界に戻ると、そこは類魂の村で、同じ魂をもつ仲間しかいないそうです。
同じ「現実」を生きます。
言葉を発しなくとも思念だけでコミュニケーションがとれます。
周りがみんな自分と同じ。良い事も悪い事もオープンハート。
シルバーバーチの本の感想も共感。
気心のしれている友人たちの集まりは居心地がよいものですが、類魂の村はその究極の場所なのでしょう。
肩の力が抜け、癒されそうです。
(欲望だらけの村もあるそうですが^_^;)
 
 
 
すると、魂の村では摩擦がないので、徐々に困難を求める気持ちが生まれるらしい---とUさん。
そこで、私たちは様々な魂の坩堝であるこの世に生まれ変わることを自ら望むのだそうです。
 
さて、実際生まれてはみましたが、望んだ(であろう)とおりに、揉まれに揉まれ(こんなはずだったのか! と抗議したい気持ちを抑えながら)、いったい自分は何者なのか? という疑問を持つことになり、ついにシルバーバーチの読書会に参加するまで辿り着きました。
 
シルバーバーチは、この世に戻ってきた理由を、スピリチュアリズムを受け入れる用意のできた人たちにその心理を分けるためと答えています。
 
受け入れる用意ができた人-------この本を手に取るということは用意のできた人と思ってよいそうです。
その資格を持ったということ、恥ずかしながら、末席に座らせてもらいました。
 
自我の開発--これが人間としてのもっとも大切な目的です。それがこうして私たちが霊界から地上へ戻ってくる目的でもあるのです。すなわち人間に自己開発の方法、言いかえれば霊的革新の方法をお教えすることです。内在する神の恩寵を味わい、平和と調和と協調と友愛の中で生きるにはそれしかないのです。今の地上にはそれとは逆の”内紛”が多すぎます。P21
 
自我の開発。
 
場所を変えたら、職場を変えたら、相手を変えたら、現状がどうにかなるのだろうか?----どうにもなりはしない。
自分自身はどこにいったって自分。不安や心配から逃れようしても無理、と昔から思っていました。
以前はそれが絶望だったのですが(つまり、逃げ場所がない)、そうではなく、開発しろということなんですね。
 
腹をくくる(受け入れる)。
最近浮かんでいる言葉はこれです。
なぜか足がすくみます。
 
 
巣を飛び立つ雛は落下の恐怖を乗り越えて空中へ身を投じます。
(実際に落下する雛の映像を見たことはありませんが、みな成功するのかなぁ。飛べない鳥はいるのだろうか?)
 
とにかく雛の不安は容易に想像できます。
落下しないかどうかは飛び立たってみないとわからないのに、飛び立たないといけない。
雛にとっては生か死の決断です。
 
不安を捨て、安心の世界へ飛び立とうとするのに、なぜ足がすくむのか。
 
 
人間は問題をことごとく地上的な視点から眺めます。私たちは同じ問題を霊的な視点から眺めます。しかも両者が往々にして食い違うものなのです。たとえば”他界する”ということは地上では”悲しい事”ですが、霊の世界では”めでたいこと”なのです。
 
人間の限られた能力では一つ一つの事態の判断ができません。ですから、前にも申し上げたように、判断できないところはそれまでに得た知識を土台として(すべては佳きに計らわれているのだろうという)信念で補うしかありません。P19
 
佳きに計らわれているだろうという信念をもつことができるか?
落下しないという信念と戦う雛の姿と自らを重ね合わせます。
 
 
精神を鎮め、受容性と協調性に富んだ受け身の姿勢。
羽ばたけるかどうかは、見えない力を受容できるかどうかです。
 
 
それにしましても、単純なことなのに、実行しようとするととても難しいシルバーバーチの訓え。
さまざまな固定観念や習慣、心配、取越し苦労、不安、利己主義や自己保身などが、行く手をふさぎます。
しかし、それが生まれ変わった目的であれば、順調ということです。
 
 
歓談のなかで、
自身の霊団の中に5代前くらいの前の先祖が関わっている事が多いという話がでました。
その仕組みはどうなっているのか? という質問がありました。
 
結論は死んでみないとわからないですねということでしたが、この世で同じ家族、血族で生まれたという縁と時間の中にその仕組みがあるのかもしれないですね。
 
また、地球上では様々な試練の中で生きている人々がいます。
いまだ戦場の地域
国を追われた移民
独裁者の下で生きる民
 
そんななか、日本は物的にはとても恵まれている国ですが、その日本に生まれた意味はどういうことだろうかという問いがありました。
 
「生きることを楽しむ事」がそのひとつとのことです。
 
たしかに私たちは恵まれています。
ある程度言論の自由は保障されており、衣食住もなんとか皆に行き渡っている。
それなのに幸福度が低い。
 
自我の開発に専念しようと決心した魂の集まりの国なのでしょうか。
 
 
あなた(質問者)の人生がけっして平坦なものでなかったことは私もよく承知しております。スピリチュアリズムという大きな知識を手にするために数々の大きな困難を体験しなければならない----それが真理への道の宿命であるということがあなたには不可解に思えるのではありませんか。けっして不可解なことではありません。そうでないといけないのです。P16
 
 
それにしましても、
なんで生まれ変わってしまったかなぁと、たまには愚痴を言いたくなることもあるものです。^_^;
 
 
 
 
次回 第92回 心サークル お知らせ
 
 
 【と き】  2018年4月15日(日)、14時~17時 
 
【ところ】 宮城県歯科医師会館(仙台市青葉区国分町1-5-1
 
      4F和室
 
      入り口は正面玄関ではなく裏口になります。
 
      尚、入口の表示板に、部屋がどこか書いてあります。ご確認お願いします。
 
      窓口に医師会館の方が常駐していらっしゃいますので、
 
      わからない時は声をおかけください。
 
      
 
【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会:2章 
 
【持ち物】 上記書籍をご持参ください。
 
【参加費】 喜捨
 
【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。
 
     日常を離れた空間で、ともに学びましょう!
 
 新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。
 
コメントを入れる際の認証はすべて半角で入力お願いします。
 
【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com
 
又、これまでのメンバーの皆様は、出欠係の柴田までご連絡ください。

第90回 心のサークル報告

【と き】  2018年2月11日(日)、14時~17時
【ところ】 宮城県歯科医師会館 4F和室
 
【参加者】 進行:US、記録:SK
 
       USHMGSYYMMIK SK以上7名
 
【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(7)』の読書会 
 
 
厳しい寒さが続いています。
なかなか春の兆しが訪れず今年の冬はいつもより長く感じます。
そろそろ暖かくなって欲しいものですね。
 
そんな中、心のサークルは90回を迎えました~!
あと10回で100回を迎えます。
メモリアルまでカウントダウンです。
 
こんなに回数を重ねても、いつも多数の参加があり、賑やかでとても嬉しいです。
シルバーバーチのおかげですね。
 
 
 
14時の集合時間に会場へ近づくと、なにやら美しい音が響いていました。
12時から既に集まっていた宮城気友会の面々が、場をあたためていました。
MMさんが陰陽5行、木火土金水の音叉を二つ選びだして鳴らし、メンバー其々の身体の調子を整えて(治療して)いたのです。
さっそく一緒に参加。
調子の悪い所で音を鳴らすとくぐもった音になるのですが、次第に伸びのよい音に変わっていきます。
 
私も腰の調子が悪かったのでMMさんにお願いしました。
身体全体が鳴り響く音に囲まれると異次元へ誘われたような気分になります。
 
いつもは意識しないエーテル体が自分自身であることを感じます。
臓器や肉ではないエーテル体という自分自身。そこを音で癒す。
重量がない霊界に想いを馳せることができました。
 
さて、そろそろ心のサークル開催です。
今日は前回に引き続き、ブルーノグルーニングDVD・最終章3巻目の鑑賞。
その前に、本分である霊訓の輪読から始めることにしました。
 
USさんがシルバーバーチの祈りを唱え、輪読開始。
 
 
 
 

シルバーバーチの霊訓7 

解説 悲劇の霊媒ヘレンダンカン

 
 
ドイツのヒーラー、ブルーノさんのDVDを見ることが続いていたのですが、その最後日にこの章を読むことになったという偶然。
 
これまでにもよくそういう偶然はありましたが、心のサークルの現実とシルバーバーチの霊訓とがたびたびリンクします。
不思議だなぁと思うとともに、こうもさりげなくコーディネイトされることが、霊界の軽やかさの証拠かなぁと感じました。
 
ヘレンダンカンは1950年代に活躍していた霊媒です。
霊の存在を信じない人々にとって、霊的な不思議な力は脅威のようです。
それは、現代も同じですが、裁判にかけられ投獄までに至るというのは、人間の作る法がどれだけ不完全であるか、という証だと思います
法や社会が利己主義で成り立っているということは怖い事ですね。
 
霊媒やヒーラーがいると商売が成り立たなくなってしまう職業に携わる人々は、お金や権力を握っている人々に多いようです。
それらを失いたくない、脅かされてしまうという危機感は、あらゆる手段、理由をつけて ---たとえそれが荒唐無稽の理屈でも---、さも当たり前のような顔で「これが正義だ」と言い張り、権力をふりかざすことを、平気で出来るものなんですね。
 
 
女史の鼻と口と耳から発光性のエクトプラズムが大量に波のように出てきて、やがて6フィートの背丈の女史の支配霊アルバートの姿となった。心霊研究家のハリープライスは、ダンカンは前もってチーズクロス(ガーゼ状の布)を呑み込んでおいてそれを吐き出すのだと言う。
 
 
この証言を証明するためにダンカン女史のレントゲン撮影までしたというのですが、そんなことをしなくても、そんな大きなガーゼを呑み込むことなど、できるわけがないことはわかりきっています。
 
それを大真面目に言ってまかり通っているのは時代のせいもあるかもしれませんが、愚かだなぁと感じてしまいます。
 
たとえそれが感動的な神秘であれ、どうであれ、とにかく貶めたい、ただそれだけ。
この手のタイプの人々は死ぬまで、あるいは死んでも「真理」に目を向けることはないのだろうなぁ。
霊的にいえば、未熟段階だと言わざるをえないと思われます。
霊的な成熟と、地上での地位は関係がないようです。
 
 
 
ところで、私の日常にもこれに関する偶然、シンクロがありました。
友人との会話の中で、友人が山形の霊媒長南年恵さんの話題を出しました。
 
 
長南さんも裁判に掛けられたそうです。
空気中から神水取り出すという長南さんを試すべく、裁判官が空のコップを持ってきて「このコップに神水を満たしてみよ」と言ったそうです。
長南さんは言われた通り水で満たしました(どんなふうにしてなのか詳しく聞けなかったのですが・・・
 
裁判官は言いました。
「それは何に効く水か?」
長南さんは言いました。
「なんなりと」
 
 
この静かなやりとり、なんとなく日本だなぁと思いました。
チーズクロスのやりとりよりずっと上品でよかったです。
 
 
 
現代に至ってさえも霊という単語を発しただけで胡散臭い目で見られることは必至なので、公言できません。
こういう言い方は不謹慎かもしれませんが、最近カミングアウトという言葉がメディアなどで賑わせることがあります。
スピリチュアリストがカミングアウトしだす時代はいつになるでしょうか?
 
 
 
さて、ブルーノの最後の巻を鑑賞しました。
ブルーノさんは、常に真摯で誠実で、想像以上の高いヒーリング能力をもつ、とにかく超人的な愛の人だという結論に達します。
高い層の霊なのだろうなぁと思いました。
そんな人の姿を見ることができてよかったです。
 
ブルーノさんも同じように権力者から訴えられ、治療行為を禁止されてしまいます。
沢山の病人が彼を望んでいるのに、そういうもったいない結果になるんですね。
まだまだ地球はレベルの低い階層だということです。
重苦しいはずです。
 
ブルーノさん、長南さん、ダンカンさん。
みんな大変な苦労をされていました。
 
 
最後のブルーノさんの演説の一節に私は感動しました。
…といいますのも、数日前に私はある人にこう尋ねていたのです。
 
愛とはなんですか? 愛はどこにありますか? …と。
 
改めて愛を考えていたら分からなくなったのです。
 
 
ブルーノさんは演説の最後にこう結びました。
 
 
「愛はいつもそばにあります」
 
 
ありがとうございます。
答えを届けてくださったことに感謝いたします。
 
 
 
 
 
次回 第91回 心のサークル お知らせ
 
 
 【と き】  2018年3月18日(日)、14時~17時 
 
【ところ】 宮城県歯科医師会館(仙台市青葉区国分町1-5-1
 
      4F和室
 
      入り口は正面玄関ではなく裏口になります。
 
      尚、入口の表示板に、部屋がどこか書いてあります。ご確認お願いします。
 
      窓口に医師会館の方が常駐していらっしゃいますので、
 
      わからない時は声をおかけください。
 
      
 
【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会:1章 
 
【持ち物】 上記書籍をご持参ください。
 
【参加費】 喜捨
 
【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。
 
     日常を離れた空間で、ともに学びましょう!
 
 新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。
 
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【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com
 
又、これまでのメンバーの皆様は、出欠係の柴田までご連絡ください。

第89回 心のサークル報告

 【と き】  2018年1月21日(日)、14時~17時
【ところ】 宮城県歯科医師会館 4F和室

【参加者】 進行:US、記録:SK

       US、ST、HM、GS、YY、MM、IK SK以上8名

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(7)』の読書会 第11章

 

新年あけましておめでとうございます。

今年最初の心のサークルです。

 

第一回目は常連のメンバー、全員集合でした!

ありがとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 

YYさんが持ってきてくださいました4096ヘルツの音叉--エンジェルチューナーというのだそうです--を部屋の四隅で響かせ、場を浄化。

キーンと澄み切った音に浸ると、自然に心が弾んできます。

浸れてうれしいー♪というこの感覚は、日頃のさまざまな刺激に疲れた心の歪が、その波動で癒されたせいかもしれません。

 

さて、前回に引き続きまして今回もヒーラー・ブルーノグルーニングのDVD・2本目の鑑賞です。

今回は、はじめにシルバーバーチの霊訓を輪読し、そのあとにDVD鑑賞となりました。

 

 

シルバーバーチの霊訓7

11章 なぜ神に祈るのか

 

 

あなたはなぜ神に祈るのですか?と問われたシルバーバーチはこう答えます。

 

それは、私に可能なかぎり最高の”神の概念”に波長を合わせたいという願いの表れなのです。

私は祈りとは魂の憧憬と内省のための手段、つまり抑え難い気持ちを外部へ向けて集中すると同時に、内部へ向けて探照の光を当てる行為であると考えております。

ほんとうの祈りは利己的な動機から発した要望を嘆願することではありません。われわれの心の中に抱く思念は神は先刻ご承知なのです。要望は口に出される前にすでに知れているのです。

 

祈りは、願い事を唱えることとは違うということですね。

波長を合わせる行為。静かな行為ですね。

 

一般的な日本人と神との関係には「願い事」がついてまわっているような気がします。

ずっと以前の話しなんですが、知人が「神なんかいない、神を語るなんてナンセンス」と吐き捨てるように発言していました。

神がいないと豪語するその根拠は、これまで自分は何度も重大な危機にあった。

そんなとき、いつも神に祈った。

----助けてください、と。

けれども一度も助けてもらったことはない。

だから神なんていない。

それを語る彼には怒りがありました。

存在しないはずの神に怒りを向けるなんてそれも矛盾だなぁと思いながら話を拝聴しておりました。

 

彼はどんなことをどんな風に祈ったのだろう。

勝手な行動の後始末だけ頼んだ、なんてことではないのかなぁ。

そうでないにしても、その願いどおりのことが、ベストではない場合もあります。

 

神の存在を論議し合うのは困難です。

彼と、神について語る気は私にはありませんでした。

 

 

P199

では誰に、あるいは何に祈るべきか ―-この問題になると少し厄介です。なぜなら人間一人ひとりに個人差があるからです。人間は必然的に自己の精神的限界によって支配されます。その時点までに理解したものより大きいものは心象として描き得ないのです。

 

 

なるほど個人差ですね。

精神的限界----。

 

最近よく思うのですが、同じ価値観をもっていてさえも、焦点のあてかたが違ったり、見落としがあったりして、同じ現実を、違う現実として生きているのだという事を理解したほうがよいなぁということ。

違う感じ方をしているのだから、反応がさまざまなのは当然。

それが見えると生きやすくなります。

私と他者は、程度の差こそあれ、誰一人として、同じ世界で生きてはいない。

同じ文章や画像を見ていても、違う文章や違う映像なのです。

その原因が、それぞれの精神的限界と表現してもいいのかなぁと思います。。

 

そんな中、この心のサークルのように、似たような精神性をもった仲間たちと出会うという時間は大変ほっとするところです。

 

神を信じない彼と私とは違うカテゴリーで、どちらが正しいとか間違っているとかではなく、それぞれが正しいのだと思います。

その「正しい」は”自分にとって正しい”ということ。

どちらも正しいのですから、偏見や非難の目で見てはいけない。

議論はできるとしても…。

 

私は「本当の正しい」を知りたいと願います。

本当の正しいとは「真理」のことです。

 

 

祈りとはわれわれのまわりに存在するより高いエネルギーに波長を合わせる手段です。

より高い波長を受け入れることができたとき、かくしてわれわれに「本当に必要なもの」が授けられるのです。

 

 

私はシルバーバーチの訓えが真理だと考えています。

 

 

 

さて、ブルーノグルーニングのDVD第二巻の鑑賞です。

 

第一巻と同じように、証言集なのですが、1巻よりももっとブルーノの近いところにいた人々の証言などが加わり、詳しくなっていきます。

 

ブルーノの治療能力は想像以上の性能です。

 

患者がその場にいなくても治るどころか、たとえば、ブルーノを信用していない人に対してでもエネルギーは作用し完治。

実に正確な治療ができるんですねー。

どれだけすごいヒーラーなのか分かります。

 

被害妄想で長い間引きこもりになっていた男性の家族がブルーノに手紙をかいて治療を依頼すると、

1週間後に「○月○日○時○分 何がおきるかみていなさい」という返事が届いたそうです。(わくわくしますね~)

指定された時間の数分前に、突然ひきこもりの彼の部屋のドアがあき、背広を着た彼が(彼が背広を着ること自体が奇跡!)外へ出ていったのだそうです。(行先は公園だったようですが…)

家族は本当に感動したのだという証言

 

次々に弱きものを助けていくブルーノの周りには奇跡で溢れています

その様子を間近で見ていたひとたちが羨ましいなぁと思いました。

どれだけの感動でしょうね^^

 

しかし、これだけのエネルギーを発すると、マイナスのエネルギーも引き寄せてしまうのだと彼自信が発言したという証言がありました。

実際に多くの裏切りにもあったようです。

人は弱い存在なんですね。

悪魔のささやきに乗ってしまった人たち。

彼らは彼らなりに人生から試されていたんですかねぇ。

 

さて、私は大丈夫かな・・・。

 

ブルーノは一銭も治療費を受け取りませんでしたと誰もが証言します。

着ているものはいつも古ぼけたポロシャツとズボン。その恰好だけでもそれが分かる…。

たしかにブルーノのたたずまいは質素です。

 

キリストの顔ってどんな顔なんだろうなぁと想像することがあります。

立派な人ってどんな顔になるのか。なぜか興味ありますよね。

 

ブルーノの顔つきはとても精悍で魅力があります。

すこし影があるようにも見えます。

それは、小さな時から大変な苦労をされたということで、その経験が憂いを醸し出しているのかもしれません。

その影に私は惹かれます。

 

ブルーノのようなすごいヒーラーが現代にいないのだろうか?と 私が言いましたところ

 

いるけど、おおっぴらになっていないだけなんだろう

もし、知られてしまうと、きっと消されてしまう危険があるのだろう。

とメンバーからの応え。

 

限りない善が攻撃されるのが現実の我々が住んでいる世界。

寂しい世界ですね。

そういうところで私たちは生きてるんだなぁ。

どんな因果があったのかなぁ~~。

 

 

さて、今回の報告は以上です!

次回の告知です。

 

ブログを読んで下さっている方々へ

スピリチュアルに興味のある方はいつでも参加お待ちしております。

縁があればお会いしましょう♪

 

 

次回 第90回 心のサークル お知らせ

 【と き】  2018年2月11日(日)、14時~17時 

【ところ】 宮城県歯科医師会館(仙台市青葉区国分町1-5-1

      4F和室

      入り口は正面玄関ではなく裏口になります。

      尚、入口の表示板に、部屋がどこか書いてあります。ご確認お願いします。

      窓口に医師会館の方が常駐していらっしゃいますので、

      わからない時は声をおかけください。

      

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(7)』の読書会:解説 悲劇の霊媒ヘレンダンカン

【持ち物】 上記書籍をご持参ください。

【参加費】 喜捨

【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。

     日常を離れた空間で、ともに学びましょう!

 新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。

コメントを入れる際の認証はすべて半角で入力お願いします。

【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com

又、これまでのメンバーの皆様は、出欠係の柴田までご連絡ください。

第88回心のサークル報告

 
【と き】  2017年12月17日(日)、14時~17時
【ところ】 宮城県歯科医師会館 2F 
【参加者】 進行:US、記録:SK
       US、ST、HM、GS、YY、MM、IK SK以上8名
【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(7)』の読書会 第10章
 
今年最後の心のサークルです。
今回は特別バージョン。
前々会で報告しました、偉大なるヒーラー・ブルーノグルーニングのDVD鑑賞をしました。
全部で5時間、DVD3本という長いフィルムのうち、一本目を鑑賞。
このDVDを観るだけでもブルーノ光線を浴びて悪いところは治るかもという、いわくつきのDVDです。
さて、観終わったあと、体調に変化はあるでしょうか?
 
 
あなたがたは歩けます! さあ、お立ちなさい。
 
 
そうブルーノが言うと
車いすに座っていた人々は、最初は落ち着かずおずおずとしました。
もう一度、ブルーノが「歩けるのです。お立ちなさい」と言うと、
 
ひとりが勇気をだして立ち上がりました。
立てた!
そのあとにひとり、ふたりと立ち上がり、歩いたのです。
歩けた!
 
そんな証言集です
 
その場にいたらすごい感動でしょうね。
 
通常の対面治療だけでなく、集まった群衆の前に立っただけで、様々な病気が治ったという証言。
驚異のヒーラーが存在したということ
その事実の意味するところをどう受け取るかはやはり個人個人色々な意見をお持ちと思います。
 
 
治療は自分の力ではなく神からエネルギーで治している、
自分はただの変換機に過ぎないと言い、
治療費はまったく受け取らなかったブルーノ。
 
本物に共通するのは誰しもが謙虚だということです。
 
それは謙虚にならざるを得ないからだと思うのです。
真理を知っていると自然とそうなる。
謙虚でないなら真理を理解していないことになり、偽物もしくは、低級霊の仕業と言ってもよいと私は考えます。
なので、本物と偽物を見分けるのは簡単ともいえるかもしれません。
 
さて、病気・難病さえもヒーリングで治る。
現代医学に慣れ親しみすぎて、なかなかその事実を実感できないものです。
 
スピリチュアリズムを長年勉強している私でも、恥ずかしながらいまだに、そんな奇跡はどこか別のところでしか行われず、自分はその恩恵をうける資格がないどころか、目撃することすらできないのだと、どこか諦めのような気持ちを持っています。
まして一般の人々はそんな奇跡の治療など嘘に違いないと言うでしょう。
 
今回ブルーノさんのビデオを観て、人々の熱気はたしかに伝わってきました。
もし、いま、現代で生きていらっしゃったら、是非体験したいと熱望するだろうと思いました。
 
Uさんから、
たしかにこのビデオの内容は本当だと思う。
キリストの再来のような画像だ。
ひとつだけ疑問がある
 
との指摘がありました。
 
「カルマ」はどうなるのか?
 
病気は過去生のカルマの現れだったり、日頃の行いの結果だったりします。
病気を克服するために生まれた場合や、怒り、悲しみ、孤独、自己批判のエネルギーが体を攻撃し、その結果の病気。
ヒーリングで一瞬にして症状を治してしまっては、カルマを解消するチャンスを奪ってしまうのではないか? 
また、感情などの元々の原因が再度身体に症状を戻してしまうのではないか?
 
それは私も真相を知りたいなと思います。
 
そういえば、ヒーラー・ダスカロスはこう言っていました。
ヒーリングで治ったとしても、習慣や心の持ち方を直さなければ又病気になる。
では、ヒーリングで治す意味があるのですか?との質問に
治った体験はやはり意味があるのだと。
 
但し、ブルーノの場合の証言集では、病気が治ったのは、一瞬だけの現象じゃないかと疑ったけれど、ずっと老いるまで元の病気に戻ることは無かったと証言されてました。
 
 
それにしても、病気が一瞬にして治る。
正直うらやましい話だなぁと思います。
苦しみから解放されるのですからね。
 
 
中には治りたくないという人もいますね。
という話もでました。
 
病気のお陰で保護されていたけれど、治ったら保護が無くなる。
生計を自分でたてなければならない。
厳しい現実が待っている。
 
確かに気持ちは十分にわかります。
 
この世で物質的な生活をしていると、生きることは「戦い」のような気さえしてきますからね。
 
戦いにみんな疲れているんだろうなぁと思います。
スピリチュアリズムに目覚めることは、ゲームでいえば「鍵を見つけた」という感覚なのかもしれません。
「あがり」に近づいた・・・・
 
そうだったらいいなぁ。
もう別の次元へ進みたいなぁとたまに泣き言を言いたくなることしばしばです。
 
でも、昨日より今日のほうが「あがり」に近づいている、ますます進んでいると考えると、気が楽になりますね。
毎日がしあわせへの一歩だと。
 
 
 
そんなわけで、今回はシルバーバーチの読書会に入るまで2時間を要しました。
 
最後の時間でをみんなで輪読しました。
 
 
10章 質問に答える
 
 
DVD鑑賞があったため、10章は輪読のみでタイムオーバー。
みなさんとの意見交換はできませんでした。
今回は忘年会があったので、続きは忘年会で! ということで次の会場へ移動しました。
 
忘年会はいつもにまして賑やかでしたが、このコーナーに書くようなことはあったような、なかったような、^^
 
ということで
このブログを通じて意見交換を試みたいと思います。
 
まずは私の感想、疑問点を書いてみます。
ぜひ皆さんの意見を聞きたいので、よろしければ、コメントでご意見寄せていただければと思います。
 
 
勝手に新企画☆
コメント欄で質疑応答~
 
さて、私の疑問点。
文章が下手でわかりずらいかもしれませんが、みなさまの感覚で解釈してご意見お願いします。
 
 
P179
 
---思念に実態があるというのは本当でしょうか--*
 
地上人類は物的手段によって表現せざるを得ない条件下に置かれた霊的存在ということです。その条件がおのずと思念の作用に限界を生じさせます。なぜなら、地上では思念が物的形態をとるまでは存在に気付かないからです。
 
地上にあるかぎりは思念は仕事や労力や活動の代用とはならないということです。強力な補助とはなっても代用にはなりません。やはり、地上の仕事は五感を使って成就していくべきです。労力を使わずに思念だけで片付けようとするのは邪道です。これも正しい視野でとらえなければいけません。
 
思念について☆
 
霊界では思念が現実を作っていくというのはみなさんの知るところです。
 
では地上でそういうことはないでしょうか?
私は地上でもそれはあるんじゃないかと思っていました。
 
例えば、自分は病気なのじゃないかと心配してそう思いこむ。すると、その心配の念が本当に病気を作ってしまうということはあるとよく言われます。
このように特にネガティブの思念は現実化しやすい傾向にあるような気がします。
つまり、思念の現実化はあると考えてもいいのではないか?
 
この質問をシルバーバーチに質問したら、どう返ってくるのかなぁと、すごく興味があるのですが、この件について、みなさんはどう思われますか?
 
逆にポジティブなことは確かに物質化しないことが多いので、やはり五感の世界で思念はやはり役にたたないのかもしれないとちょっとがっかりという感じもします。
 
又、修行僧などが山籠もりで何かを念じて達成しようとする場合。
それは、期待に添えなくて悪いけど意味がないんだよとシルバーバーチは言ってているような気もします。
 
宝くじがあたってお金持ちになりますようにと強く願う思念とか、事業が成功しますようなど、お願いだけして、行動をしないのは違いますよというのだったら、それは当然だろうなと納得します。
どのレベルでの話なのでしょうかね。
 
心の持ち様をポジティブへ切り替えしようと必死に頑張る思念。
笑いという愛すべきエネルギーが幸運を招くと信じる思念。
ポジティブシンキングが健康運を上げていくと信じる思念。
そういう思念の効能はあるでしょうか?
 
P181 
 
「大戦前にあれほど多くの人間が戦争にならないことを祈ったのに阻止できませんでした。あれなどはその良い例だと思います。
善意の人々にとっては思念の力が頼りです。
 
そうです!
この質問です。
そうなんです。思念の力を頼りにしたいのです!
 
この問いの答えはP182に書かれていますが。私たち人間の思念の使い方がまだ未発達なので、それなりにしか影響しないということでしょうか?
 
ぜひ、みなさまのご意見聞かせてください!
コメントお待ちしています☆
 
 
では次回のお知らせです。
 
 
 

次回 第89回 心のサクル お知らせ

 【と き】  2018年121日(日)、14~17 
【ところ】 宮城県歯科医師会館(仙台市青葉区国分町1-5-1
      和室
      入り口は正面玄関ではなく裏口になります。
      尚、入口の表示板に、部屋がどこか書いてあります。ご確認お願いします。
      窓口に医師会館の方が常駐していらっしゃいますので、
      わからない時は声をおかけください。
      
【内 容】 『シルバチの(7)』の会:11
【持ち物】 上記書籍をご持参ください。
【参加】 喜捨
【参加者】 シルバチの心があり、向上化を目指す方どなたでも。
     日常をれた空で、ともに学びましょう!
 新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメル宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽におね下さい。
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又、これまでのメンバの皆は、出欠の柴田までご連絡ください。