心のサークル(blog版)

心のサークルは、スピリチュアリズムを学べますが、オープンな初心者向です。

第144回 心のサークル報告

【と き】  2022年11月27日(日)、14時~17時

【ところ】  中小企業活性化センター来賓室+ZOOM

【参加者】 進行:US、記録:SK

US、ST、UH、WM、IM、IK、STo、IK、SK   以上9名

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(12)』の読書会

 

 

AER5階・中小企業活性化センターの来賓室に集まりました。中央に大テーブル、座り心地のよい椅子。なんかいい感じです^^ 

レギュラーメンバーの欠席が多い中、お二人のお客様がいらっしゃいました。スピリチュアルな時間を過ごしたいとのご参加です。この会を思い出してくださってありがとうございます。

 

再感染が広がっているコロナの状況について、しばらく意見交換しました。

 

息苦しいマスクをする生活がもう2年以上も続いています。

みんなよく我慢しているなぁ~。外国ではだれもしていないのにね。

「屋外ではマスク必要なし」の政府の方針が示されてさえも、頑なにマスクを外しません。調和を重んじる日本人という民族の特性なんでしょうかねぇ。しかし、そもそもマスクはほんとうに感染予防に役立っているんでしょうか……など、この話題でもやはり少数派の我々でした。

 

USさんのシルバーバーチの祈りの後みんなで輪読。12章は長いため2回に分けることにしました。

 

 

    12章 落ち穂集

 

 

ゲストのお二人に「スピリチュアリズムとは?」の紹介がありました。

 

 

スピリチュアリズムを知らない人にスピリチュアリズムをどう説明したらいいのか? 的確に説明するのは難しいことだなと思います。多くの人が当たり前だと思っている常識とは相反する概念だからです。なにから話せばいいのか、よほど自分なりに整理していないと語れませんし、相手がどれだけ許容してくださるかにもよります。

 

「人間は霊的な存在である」

スピリチュアリズムの基本ですね。これを聞いてワクワクする人ならもう私たちの仲間です! 逆に何のイメージもわかず素通りする人はまだ知る時期がきていない人なのでしょう。もっと遠いのは霊という言葉を聞いただけで怒り出す人。怒らなくてもいいじゃないですかと思うのですが、仕方ありません。そんな時は争わず静かに去る以外にないわけです。さて、霊的知識をある程度もっておられるお二人なのできっとピンときてくださったと思います。

 

言葉とは不完全なものであると日ごろ感じます。言葉が元で誤解が生まれたり、信頼関係が失われたりはよくあること。同じ本を読んでさえも言葉の理解の仕方が違うとまるで違う受け取り方をしていたことに気が付くことがあります。

 

霊能者でもあるIMさんが、「自分が覗き見た霊的な世界を言語にして相手に伝える難しさを日々感じている」と話されました。

 

すごくよくわかる!と瞬間にそう思いました。

といいますのは、このブログで報告書をまとめるだけでも四苦八苦していますから、ましてや「霊界」などという異世界、相手には見えない世界を説明するって大変だろうなと思います。価値観が似ていれば共通の言語が多くなり話しやすいのは感じますが、それでも違いを見つけることは多々あります。私たちは同じ世界で生きているつもりでいますが、案外いろいろ調整しながら関わっているんですね。

 

さて、輪読後(48)の文章についてUHさんに質問しました。まさにイメージを共有することの難しさを体験しました。

 

(48)本当を言うと魂は内部にあるとか外部にあるとかは言えません。魂とは全宇宙に偏在するものです。”意識”です。一個の身体によって束縛されるものではなく、無限の広がりをもつものです。一瞬の間に地球を一周できます。

 

 

これはどういうことなんでしょうか?

Uさんは言葉を尽くして回答してくださいましたが、三次元ではないその世界の説明は想像力をフル回転しなければなりませんでした。分かったような分からないような、とにかく「壮大である」ことがわかったと、意味不明の納得の仕方をしました。

 

当日書いたメモにはこんな文字が並んでいました

 

個性を大事にするのは人間。

魂は生きている間は肉体に束縛されているが、本来はそれを超越している存在。

自分の中に宇宙がある。

 

宇宙空間の星々が無限に広がる壮大なイメージが浮かんできたので、「魂は星と星との移動も一瞬ってことでしょうか?」と続いて質問しましたところ、どうやらこの質問が理解していない証拠だったようで、そもそも「移動」という話ではないと回答されました。あはは、そーなんですねー。と、とりあえず分かったことにして終わりにしました。

 

後日UHさんより、「あの文章は自分にとってはなんの疑問もない、あたりまえの文章だったので、それを説明してくれと言われてとても難しかった」と連絡があり、なるほど、そんな苦労をさせたのかと再度苦笑。空はなぜ青いの? 子供相談室の質問と同じことだったようです。

 

さて、「人間とは霊的存在である」ということに戻ります。

「霊」とは何でしょうか。(48)の中に「意識」という単語がありましたので、「私は意識です」、そう自分を定義してみました。すると、自分がとても大きな存在に思えてきたから不思議です。

 

急に閃きました! (48)の意味が分かったのです。

もう一度読み返してみました。ほんとだ、文章そのままってことです! 外部とか内部ではない。そうです、「私は意識」ですから。悟りを開いたかのように合点したのでした。

 

質問前はイメージが追い付いていなかったけれど、急に進化したような気持ちです。気のせいかもしれませんが…。

 

ということで、当たり前のことを言語で説明する難しさと、受け取り側の読み取る能力も影響するという一例でした。

 

 

(44)証拠、証拠とおっしゃいますが、証拠を手にすることと魂の成長とは何の関係もありません。真理を受け入れる能力は、あなたの魂が霊界のどの次元まで突入できるかによって決まります。つまり真理を悟る能力がどこまで進化したかに掛かっております。それを証拠の入手と混同してはなりません。両者は必ずしも並行して進むものではありません。死後にも生命があることを立証する立派な証拠を手にしていながら、霊的には一向に目覚めていない人がいるものです。

 

真理を悟る能力とは柔軟さや謙虚さかなぁと思います。頑なさがあると自分で壁を作ってしまうような気がします。

 

あなたの魂がどの次元まで突入できるか? 次元という概念もわかっているようで実際にはわかりませんねー。わからない存在が存在すると考えただけでも次元を旅した気分になれますが、これも気のせいかもしれません。

 

文中の「証拠」ってなにのことを指してるんでしょうね。とりあえず考察を保留しておきます。

 

 

(46)現代の啓示も過去の啓示と同一線上にあります。私たちはイエスが説いた真理を否定していませんし、そのイエスもモーゼの説いた真理を否定することはないでしょう。しかし未来の子は一段高い進化のレベルにありますから、啓示される真理も今の時代に啓示されている真理より進歩したものであらねばなりません。

 

 

今現在もぞくぞくとたくさんの啓示が出現しています。何が正しいとか間違いという視点ではなく、同一線上にあるという説明はとても納得でした。二極化で考えがちな人間にとって大切な啓示だなと思います。

 

どれもが真理である。それでいいのですね。どのレベルの真理なのか?というだけなのかもしれません。

 

 

(11)大切なことは魂に感動を覚えさせてあげることです。人間は大ていの場合、大霊から授かっている神聖の炎が小さく弱くなっております。それを大きく燃え上がらせてあげるのです。その体験の中から新たな悟りが生まれます。そういう体験をさせてあげるために特別製の聖衣がいるわけではありません。特殊な養成所に通う必要もありません。ひたすらに人の幸せを願い、少しでも霊的資質を発揮する生活を心掛け、いつでも霊力の通路として使用してもらえる態度を整えておけば、それでよいのです。

 

心が感動しないと魂は進化しない。感動とは「悟り」。

悟りは乗り越えたという体験から得るもの。

 

悟り……これが霊的真理の証拠ってやつですかね? 次回確認してみたいと思います。

 

 

(21)あなたは人間です。過ちを犯します。しくじることがあります。人間性は頑強に出来上がっていない故に、人間は常に弱みを背負って生きています。人間が人間であることの証は、欠点をもっているということです。だからこそ今あなたは地上へきているのです。

 

間違う必要性がある。なぜなら間違いから学ぶことが多いからです。人間には自由意志が与えられているゆえに正しい方を選ばずに失敗することがあります。しかし、そこに学びが用意されているわけですから、結果的に成功も失敗もどちらも正解ということになります。無駄なことはなにもない所以です。よくできているシステムですねー。ということは、私たちは結果を恐れずに思いっきり飛び込めばよいってことになりませんか? 失敗でも成功でもどっちでも実りはあるということです。

 

 

(30)治療家が苦痛を取り除いてあげることが許されるのは、それが霊的自我の目覚めへつながるからこそです。病気を治してあげることが立派な仕事であることは違いないのですが、治療家にはそれよりももっと大切な仕事があります。その病気が縁で訪れてくる人の魂を目覚めさせ、真の自我を発見させてあげることです。それに比べれば、症状がとれるというだけの治療はたいして重要ではありません。

 

「治すことにこだわったという反省がある」との体験が寄せられました。

 

ヒーラーにはずいぶんと高い目標が授けられているもんですね。患者は治ることを期待して訪ねてくるのですから、治してあげたいと思うのは当然だろうなぁと思います。真の自我を発見する結果になるかどうかについては、患者側にその意識があるかどうかが大いに関係するのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。症状を治す以外にヒーラーに求められるもの。考えてみればずいぶんと難題のような気もします。無理やり価値観を押し付けるわけにもいけませんし…。

 

視点を変えて、私たちは日常どんなことに感動するかを考えてみました。相手からの思いやりや優しさ、その人の持つ叡智、素朴さに感動します。もしかしたら霊界はヒーラーにそういうことを求めているのでしょうか。これだとしたら、ヒーラーだけに限ったことではなく私たちにもいえることだと思います。…ということはやはり自己鍛錬ということでしょうか。

 

 

 

次回 第145回 心のサークル お知らせ

 

 

【と き】  2023年 12月18日(日)、14時~17時 

【ところ】 シルバーセンター+ZOOM

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(12)』 

【持ち物】 上記書籍をご準備ください。

      <書籍が手に入らない場合はお声がけください。資料作ります。>

【参加費】 喜捨

【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。

 日常を離れた空間で、ともに学びましょう!

新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。

【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com