心のサークル(blog版)

スピリチュアリズム学習会用のブログです。

スピリチュアリズム理解のための検証(その一)

(1)スピリチュアリズムによる検証=霊界の時間と空間について=

 スピリチュアリズムとは、「シルバー・バーチの霊訓」「モーゼスの霊訓」「アラン・カルディックの霊の書」に代表される高級霊訓の思想を意味し、人類史上最高の真理とも呼ばれるものだ。ここに書かれている真理を判断の基準として、検証してみる。
 さて、天外伺朗氏は自著『未来を開くあの世の科学』の中で、霊界には時間と空間が無いとしている。この為、死後の世界そのものも否定している。これには、ニューエイジに流行っているパラレル世界観が背景にある。多次元人間観と言われるもので、形而上学である。時間が無いとすれば、過去現在未来が重なりあっていて、同一視される。ゆえに、原因と結果という因果律(カルマの法則)を否定することになる。パラレル世界観は、パラレル多次元空間理論という量子力学からきたものであり、数学上の理論を、拡大解釈したしたものである。また、これには、チャネリングのバイブルと言われるセスの類魂説も歪曲された形で取り込まれている。
 スピリチュアリズム・レター(スピリチュアリズム・サークル 心の道場発行)では、パラレル世界観は、机上の空論として否定している。最近の精神世界で良く言われる過去・現在・未来の自分が同時に存在することは無い。当然、カルマの法則は厳然と存在する。これによって、霊性進化の大前提が成立する。
 ヘミシンクではどうか。既に何度も述べたように、死後の世界は確実に存在する。そして、階層性があり、同一の場に連続性を持って存在する。時間もあり、現世同様に過去現在未来は、直線的である。未来は、決して固定したものではなく、未来は変えられる。ただ、時間の概念が意識の中なので、現世とは異なると言えよう。霊性の向上が神の慈愛によって成立する世界である。霊界には、山や海もあり、霊人は海で泳いだり、山を飛び越えたりできることも過去に述べた通りだ。地上とは物理的に異なるが、空間も確実に存在するのである。

「空は、青く澄んで、コバルトブルーの海に人々が泳ぐ。泳いでいく人を見ていると、そのまま飛んでいく。体を波の上に乗せ、歓喜のあまり飛んでいく人がいる。とても気持ち良さそうだ。遠くにはレンガ色をした街の屋根が見え、海上には船も見える。地上と同じような風景であるが、光輝く、かなりはっきりした色合いの世界である。そこから、天の波間に向けて、流れができる。その大きな流れが渦になって、ホールになり、そこから上の界に抜けていった。そこは、更に、海の色が虹色に輝き、海辺の人々は楽しそうに自由に泳いでいる。沐浴をする人々もいる」(ヘミシンク体験から)
                      

「私達の世界の太陽は昇ったり沈んだりしませんから、夜と昼の区別はありません。従って、それを基準にした時間はありませんが、事物が発生し進行するに要する時間はあります。私も本日この場所へやってまいりました。それには時間が掛かりました」(シルバー・バーチ最後の啓示より)

(2)スピリチュアリズムによる検証=霊界ラジオについて=

 比較的最近出版された本『あの世の存在に活かされる生き方』(徳間書店)では、ITC が成功したとあったが、これは、あの世と交信する電子機器いわば霊界ラジオのことである。これに対して、シルバーバーチは霊媒の存在しない所での霊界と地上との交信はあり得ないと断言している。なぜなら、顕と幽の二つの世界の関係は霊性で結ばれているからだ。
 cf. ITCとは、Instrumenntal Transcommunicationの略である。
 この本には、幽界には地上との交信を研究しているタイムストリームと呼ばれるグループの存在があることが紹介されているが、霊界通信でもこの事は確かめられている。しかし、地上近くの幽界やアストラ体に存在するグループは、低い霊性のグループであり、彼等と交信する霊界ラジオの信憑性は疑わしいという。
 むしろ、地上サイドの交信する人間の精神状態が交信システムの成立に大きく係るとしている。霊界からのメッセージの伝達には、直接書記や直接談話(ダイレクトボイス)と霊媒を通じた間接的なものとの二通りの手段がある。霊界ラジオは、直接談話に似ているが、地上の人間は霊体と肉体の両方を持つため、地上人のみが二つの世界を繋ぐことができる。いかなる高級霊であっても、直接地上に影響力を与えることはできない。霊的エネルギーは、地上人の特に感度の高い霊媒を通じて、半霊的・半物質的エネルギーに変換される。霊界ラジオもこのプロセスが必ず必要なのである。
 霊界の人々は常に交信したがっているので、少しでも多くの半霊的・半物質的エネルギーを出す(霊媒的要素の強い)人かそういった人達が集まって全体としてそのようなエネルギーを出せば成立する。近くに強力な霊媒がいるのが一番効率的である。心霊写真の原理もこれで、自縛霊が写るためには、近くに半物質的なエネルギーを放出する霊媒の存在が必須である。一般に交霊会でも参加者の調和的なエネルギー状態が必要である。
 問題点としては、低級霊の格好の的になりやすいので、低級霊を排除する神審者(サニワ)としての地上人が必要だ。たとえ映し出されてもその映像が低級霊による可能性も出て来る。また、ITCも所詮死後の世界のあることを知らせる霊現象の一つの手段にしかすぎない。将来、地上人の霊性が高まった時自らの霊的能力によって、霊界の人々と直接交信できるようになるとしている。

 まさに、以上の事はヘミシンクについても言えよう。ヘミシンクは霊界テレビのようなものである。TVのチャンネルを変えるようにホーカスを指定すれば、ホーカスごとに同じテーマの霊現象が見られる。訓練によらなくとも霊的素質の高い人であれば、より簡単にアクセスが可能となろう。通常は、確かにワークのような集団のエネルギーの力を借りるのが一番簡単だと思う。自習用のCDが出ているが、一人ではなかなか思うようにアクセスできないとよく聞くが、これは当然の事で、自分を含めた地上の環境を整備する必要がある。
 しかし、低級霊とアクセスしてしまう可能性も十分考えられるので、見えて来る映像が低級にならないためには、その防御法を十分学習して、できれば高級霊にアクセスできるように不断から受け手の霊性を高める努力が必要である。そして、ここが重要なのだが、霊性の高まりとともに、道具としてのヘミシンクの必要性は低下してくると思われる。霊界が存在することに確信が持てる者には、もはやヘミシンクを介した霊界の映像は必要ないのかもしれない。 

「霊媒は無くてはならない存在です。交信に必要なエネルギーは物質的なものではありません。霊そのものから出ています。霊的身体から出ることもあります。いずれにせよ、必須の要素である愛が無くては、霊的なものを物質的なものに変換することはできません」(シルバー・バーチ新たなる啓示より)

(3)スピリチュアリズムによる検証=霊現象・超能力・前世・予知など=

 我々が、いろいろな物に関心を抱くのは仕方の無いことだが、ここでは、特に精神世界などの暗在系の現象に対して、どういったスタンスで向かえば良いかを述べている。それは、地上人生の目的が魂の成長にあるという絶対的な価値基準に照らして評価するのである。つまり、魂の成長に役立つか、役立たないか、あるいは、無関係かで評価する立場を一貫して取る。その点、確かに現在の精神世界で扱われている現象で、人気のあるものには、スピリチュアリズムの基準に照らすと、ただ単に興味本意に訴える程度の役に立たないものや、返って間違った事実を伝える低級なものが多いとレターでは指摘している。
 そして、以下些か厳しい表現だが、魂の成長にとって、いつまでも関心をむけてはいけないどちらでもよいものを具体的に挙げている。
1) 交霊現象・霊現象・超能力
 これらは、未だに死後や霊の存在に疑いを持つ人達には意味を持つものである。よって、常にこういった現象に囚われるのは霊性が低い証拠であり、また、超能力も、霊性とは関連が無いと明言している。
2) 前世
 前世を知ろうとすることは、魂の成長にとっては、役に立たず、エゴの産物である。そして、退行催眠による前世体験は低級霊が関与し、事実でない事が多いという。
3) 守護霊の身元
 シルバー・バーチは、守護霊が導いて下さるだけで十分で、名前を知ってどうするのかと述べている。守護霊を知ろうとするのは、いわば自己顕示欲の現れで、霊性が低い証拠になるそうである。
4) 予言・予知
  霊能者を通じての直感や霊感で直接未来のことを知ろうというものであり、霊界の情報として正確に人の未来を予知することはできる場合はある。しかし、高級霊は地上人の好奇心に答える未来予知などは、知らせないそうである。確かに苦しみの地上人生は、自分の魂の成長という観点から、自ら生前に選択したものであり、運命を知ることは、あまり意味のあることでは無い。
5) 占・運命鑑定・占星術
 シルバー・バーチは霊的事実からはっきりと否定している。霊は本来物質によって影響されるようにはできていない。確かに自然界の影響も無視はできないが、努力すれば、必ず霊性がそれを上回るとしている。
6) 夢分析・夢占
 必要以上に夢に関心を持たないほうがよい。低級霊に翻弄される可能性が高い。目覚めた時に霊的に高い意識を保つ姿勢が大切だとしている。
7) クリスタル・魔除け・お守りグッズ
 これらも霊的真理からすると必要は無いものである。あまりに、これらにこだわる意識は低級霊を呼び寄せるそうである。
8) 宗教的儀式
  これも低級霊を呼び寄せる可能性が高く、注意を要するとしている。

 ヘミシンクでは、ここで扱われる4)までは、ある程度経験してきた。そして、こういったものにあまりこだわってはいけないと得心する。ただ、敢て述べるが、特に予知については、個人的な未来ではない。2012年に地球規模のカタストロフィーを伴ったアセンションは起きるのか?私が見せられた未来は、イエスである。しかし、今のところ高級霊の霊言には言及されていない予知現象である。このブログのテーマであるが、人類の未来は現在の人類の集合意識(あるいは集合無意識)が作り出すものであると考えられる。現在の人類の総和としての霊性や環境などの条件の他に人類が作りだしてきた因果律(カルマの法則)を加味した延長線上に実現される可能性が高い。そして、必要があれば、肉体の束縛の無い霊力が発揮される霊界での情報として、ガイドなどがヘミシンクを通じて多くの体験者に垣間見せてくれるかもしれない。
 いずれにせよ、私が見た未来の光景は、アカシックレコードに既に存在する固定した未来の記録を見て来たわけではないことは、間違い無いようである。ニューエイジが主張するような固定した未来はありえず、常に確率的な未来であることは確かである。要は、ユートピアの未来を望むならば、現在の人類の集合意識をいかに高めていくかにかかっていると言えよう。それには、どんな未来でも変えられる事を強く信じて、日々1人1人が霊性向上の道の上を歩いていかねばならい。

「もちろん霊には未来のことを予知できることがあり、それを知らせた方が良いと判断する場合もあれば、高級霊から伝言するように言いつけられる場合もあります。しかし、将来のことを軽々しくあげつらう時は大体において眉唾物とみてよろしい」(シルバー・バーチ現象編から)

(4)スピリチュアリズムによる検証=宇宙人・UFO・超古代文明について=

 魂の成長にとって、いつまでも関心をむけていてはいけないどちらでもよいものの続きである。宇宙人・UFO・超古代文明について批判している。ヘミシンク・ワークでは、これもいくつか体験をさせて頂いた事象である。いわゆる幽界情報として低級霊により超常現象を見せられたのか。それとも真実を見せられたのか。ならば、どのような意図でか。体験した者でないと評価しにくい事柄であろう。私もいつの間にかヘミシンクを通して、最近のニューエイジの話題を体験したことになるが、簡単に変性意識状態を作り出すヘミシンクには、初々しい強烈な感動があった。少し勝手な希望的見方であるが、私の体験の評価は、ヘミシンクを続けながら、今後の展開に待つことにしたい。
 いずれにせよ、レターが指摘するように、精神世界の情報は、まず、自分で体験し、吟味する方法を取らないと、恐ろしくカオスな世界である。たとえば、再現性とか客観性といった科学的な方法でアプローチをしないと、新興宗教のような教条主義に陥るであろう。それで、人として幸せになれるのならば良いのであるが、ヘミシンクで見せられた幽界に無数に存在する囚われの人々のようになりたくわない。常にドグマに陥らないように、有史以来最も情報の氾濫する今生においては、精神世界にあっても警戒心を持ちながら、保守的に生きることは自己防衛になろう。その際、シルバー・バーチのような高級霊の霊言書を常に座右の書とするのは言うまでもない。

1) 宇宙人について
 存在自体が疑わしく、我々の魂の成長には直接関係しないとしている。人類の救済活動は、霊界からの高級霊団によって続けられている一大プロジェクトであって、宇宙人や宇宙連合によるものではない。宇宙には、宇宙人は確かに存在するが、共に霊界を母国とする霊界人であり、霊的世界に視点を合わせていないものは低級霊が関与しているという。また、宇宙人が前世だと公言することもエゴの現れであり、ほとんど事実ではない。また、他の天体からの転生は、霊界通信によると、霊性の劣った者だと言われていおり、いずれにせよ、低級霊のからかいに乗ることだとして、戒めている。
2) UFOについて
 UFO信望者が、UFOを宇宙人の乗り物で、宇宙人は地球上にいるのだと言い切るには、多くの反証があり、科学的にも否定されているし、更に、UFOの特徴的な動きも脳によって生じた反応であると生理学的にも証明されている。また、スピリチュアリズムとは、無関係で、死後の世界や霊の存在は、UFOの存在と次元の異なるものであるとしている。
 ただし、未確認飛行物体としてのUFOは確かに存在するが、幽界からの物質化して表れた乗り物がUFOとして肉眼で見られる場合と幽体離脱中のコンタクト・ストーリーの場合とがあり得るそうである。確かに、これらは、ヘミシンクでも思い当たる。
3) アトランティス・ムー伝説について
 これらも現在まで、決定的な考古学的証拠は得られていない。アトランティス人からのチャネリングは、低級霊からのものである。単に地球人を興味本位に走らせているに過ぎないので、魂の向上には役に立たない。過去世がアトランティス人だというのは、単なるロマンにしか過ぎないし、こだわるべきではないとしている。
 ただし、ムー伝説は、かって、南太平洋上に存在していた島々を一つの文化圏だとしている一応説得力のある見解があるそうだが、これは、ヘミシンクで見た光景と一致していた。

「人間はどうでもよいことにこだわり過ぎると思います。(中略)火星にも人間のような存在がいるだろうかとか、(中略)そんなことを心配してはいけません」(シルバー・バーチ10より)

(5)スピリチュアリズムによる検証=「類魂」と「再生」について=

 スピリチュアリズムの霊的真理の中で、最大の難所とも言うべき内容に「類魂」と「再生」がある。
 死後、霊界において、魂は、成長レベルに応じて類似したグループに帰る。故丹波哲郎氏が生前よく霊界の村として紹介していた。村を出る時は村人皆で別れを惜しみ大泣きし、帰る時は総出で大歓迎してくれる愛に満ちた永遠の住処である。このグループは、霊的親和力によって大きな一つの意識体を作る。これを「類魂(グループソール)」と呼ぶ。この事実は、20世紀になって、シルバー・バーチなどの高級霊による霊界通信によって明らかされたが、最近は、ニューエイジでもセスからのチャネリングによって裏付けられている。
 「類魂」というのは、地上では、あり得ない理解しがたい概念である。すなわち、個々の意識を持ちながらも、互いに余りにも性格や感情や考え方が似ているので、同時にグループとしての意識も持つというもので、いわば、心の一体化あるいは意識の共有化したものと見ることができる。そして、地上時代の体験は類魂全体で共有されるという。この「類魂」についての概念を正しく認識しておくと、「再生」の問題も従来と異なるショッキングな事実が浮き彫りにされる。
 次に「再生」について述べるが、再生の目的は地上の体験を通じてカルマの解消と類魂全体の霊的向上をはかることであるとされる。ところが、スピリチュアリズムが明らかにした再生は、難解なものであった。霊魂不滅という前提からすると、仮に今私が死んだとしても、意識は残るので、同じ意識あるいは、今意識している自分(パーソナリティー)を持って、来世で、また再生すると一般には理解されている。これが、間違いなのだ。
 意識には、顕在意識であるパーソナリティー以外に潜在意識である意識していない自分(インディビジュアリティー)があり、後者の方が遥かに大きい部分を占める。つまり、実際に再生するのは、潜在意識の一部が再生するように見える。あるパーソナリティーをもった人が死ぬと、霊界ではインディビジュアリティーに融合し、再生後のパーソナリティーは融合したインディビジュアリティーの一部として表出してくるわけである。

 結局、幾多の輪廻転成を果たしてきた過去世は、別のパーソナリティーの自分であり、厳密な意味で言えば別人なのである。今生で意識している自分というのは、二度と現れないということになり、やはり寂しい気がするが、過去世療法で良く言われるソールメートも、疑わしいことになる。もともと潜在意識の自分は、不滅なわけではあるが、衝撃的な霊的真理と言えよう。しかし、だからといって、個人主義や刹那主義に浸っている暇は無い。我々が、今生で生きていることが、何百何千という意識の集合体である類魂全体のカルマの清算、霊性の向上に大きく係っているとすれば、その代表としての責任は重大である。そういう意味でも、利他愛を持って、今を精一杯生きなくてはいけない。ヘミシンクで見たように、霊界にはいつでも帰えれる安住の場所があるのであるから、どんな境涯にあっても歯を食いしばっても人生を粗末にしてはいけない。あの世の視点に立つと奇蹟は無くとも良い。今生での泥まみれの体験や実践がとても大切なである。

(6)スピリチュアリズムによる検証=神観について=

「やがて、地球に戻る。地球上のあらゆる状況の中に愛の光は、常に存在する。会話に涙する淑女がもたれる街角の電話ボックスの上にも、光り輝く金色の砂塵がチラチラ舞い、優しく撫でていく。たとえ猛吹雪で足のすくむような寒さの中にでさえも凍えて歩く人々を包むように黄金の砂塵は飛んでいく。孤独に打ちひしがれる貴方の傍らにもどことも無く来てくれるはずだ」(ヘミシンク・ワークでの体験より)
  
 神とは何ぞや?スピリチュアリズムにおける最大のテーマと言えるが、地上人に比し、霊界人にとっては、神は、遥かに身近な存在であって、無神論者はいないという。高級霊ほど、より親密であり、絶対的な信仰心を持つ。肉体を有するため、鈍重な意識下にある地上人の目標は、高級霊の神に対するスタンスを日々見習うことが大切となる。 スピリチュアリズムにおける神観は、一言で言えば、大霊を崇拝対象とする一神論である。決して神とその創造物との区別のない汎神論ではない。神と人間とははっきりと区別されている。
 高級霊による霊界通信から見た神観は、すなわち、スピリチュアリズムの神観は、以下に整理される。
1) 神は「創造主」として、霊界・宇宙を造られた。私達人間は、神によって造られた。
2) 神は、人間をご自分に似せて創造された。そのため神と人間・万物は、同じ要素を有している。
3) 神は無形の存在で、あらゆる被造物に遍在している。
4) 神は人間にとって「霊的な親」である。
5) 神は私達を愛してくれている。私達人間は神によって愛されている。
6) 神は摂理(法則)を通じて世界を支配している。
7) 神の完全性は、摂理(法則)の完璧性を通じて知ることができる。
8) 人間は「霊的成長」とともに神に近づいていく。人間は成長することによって神に近づくことができる。
9) 他人を利他愛で愛することは、神を愛すること。神を愛するとは、利他愛で他人を愛すること。   (スピリチュアリズム・ニューズレター16号より転載)

 日々復唱したい気持ちになる。神の実相について言葉で表現するのは至難の業であろうが、非常に的確に述べられていると思う。神と人間とは親子関係に等しいが、すべての地球人は同質の神性を有することになり、まさに神の前に人類皆兄弟なのである。そして、ヘミシンクで度々見たように霊界は、神の愛で満ち満ちていた。波動の低い地上にもその愛は溢れていて、地上人は気が付かないだけである。愛は宇宙最大の力であるとシルバー・バーチは述べている。その愛を地上人も類魂であり神の使徒である守護霊を通じて与えられている。常にいかなる時にも神に愛されている。時には、非条理に見えても永遠の時の流れの中では完璧なまでに神の摂理が働いているのであろう。よって、何人も神に深く愛されているが故に、神の子である隣人に利他愛を尽くすことにより、内なる神性が拡大される。なぜなら、他人を愛することは、神を愛することであり、自分を通して神の愛が顕現されるからとも言える。生かされていることに日々感謝して、強く生きたい。いや、生きなくてはいけない。

「宇宙に存在を与えたのは神の愛です。宇宙が存在し続けるのも神の愛があればこそです。全存在を支配しているのも神の愛です。(中略)全生命の極地であり、全生命の基本であり、全生命の根源であるところの愛は、よりいっそうの表現を求めて人間の一人一人を通して地上に流れ込みます。そしていつの日か、全宇宙が神の愛によって温かく包まれることになるでしょう」(シルバー・バーチの霊訓1より)

(7)スピリチュアリズムによる検証=高級霊界通信を決定する条件について=

 高級霊界通信を決定する条件について述べる。ニューズレターでは、以下の13項目を参照して、霊界通信の内容の程度(レベル)を的確に判断できるとしている。

1) 語られる内容が、スピリチュアリズムの「基本的な真理」と100%一致している
2) 通信内容が一貫して、地上人の魂の成長を目的としている
3) 常に「全人類に語る」というスタンスが貫かれる
4) 通信内容が、上層からの厳格なコントロール下に置かれている
5) 道具意識に徹する謙虚さが見られる
6) 理性を用いた吟味を重視している
7) まじめな質問に対しては、誠心誠意で答える
8) 地上人が理解しやすいように、常にシンプルでわかりやすい話し方をする
9) 地上人の不安をかき立てるようなことは一切言わない。安心とリラックスを与えようとする
10) 霊性・人格性の優れた「専属霊媒」がいる
11) 霊媒の潜在意識の混入がない
12) 通信霊が、スピリチュアリズムの指導的立場にある
13) 神と摂理だけを、信仰の対象としている
 (スピリチュアリズム・ニューズレター18号より転載)

 高級霊界通信は、この13項目を完璧に満たすとしているが、三大霊訓「シルバー・バーチの霊訓」「モーゼスの霊訓」「霊の書」の共通項とも言えよう。これに追随する良書として、『ジュリアの音信』『ブルーアイランド』『マイヤースからの通信』『セス』などを挙げている。
 
 では、これと比較して、低級な霊界通信(チャネリング)の特徴的な13項目は、以下になろう。
1) 通信内容が完全に霊的真理に合っているとは言えない
2) 通信内容が、霊性向上とは無関係な地上人の欲望や好奇心をそそる内容が目立つ
3) 全人類ではなく、個人向けの内容が中心である
4) 何の規制もなく、節度のない適当な内容を伝えている
5) 謙虚さが無く、自己主張が強く、傲慢な態度で述べている
6) 理性的判断を認めず、盲目的に信じることを強要する
7) 難解な質問内容に対して、いら立ったり、激怒したりする
8) 内容が地上的で、言葉が難解である
9) 人々に動揺や不安を与えるような未来予知などを述べる
10) 態度や人格が低い霊媒の通信、また、専属霊媒の死後の同一高級霊の霊界通信
11) 霊媒の潜在意識の混入や低級霊が霊媒の潜在意識の中の低級な知識を利用している内容
12) 霊界での厳然たるスピリチュアリズムの内容を無視した、架空の内容
13) 特定の人物や霊を信仰崇拝の対象として強要する

 1) の項目について、あらゆる霊界通信に対して、100%の内容の完全性を求めるのは、無理があると思われるが、この全体の13項目を主な基準にして判断すると、スピリチュアリズム的に高級と思われるものは、全体の1%も無いそうなので、偽物あるいは低級なチャネリングから身を守る基準として参考になろう。
 この中で、特に6)の項目について、シルバー・バーチは、良心の声に従うことと述べている。そして、霊性進化の道に向かう道標として、次の三つを挙げている。
1) 常に理性による判断をかかさない
2) 良心の声に忠実に従う
3) 純粋な動機から行動する
 特に動機が純粋であるかどうかが、あらゆる行為の価値判断の要となる。この点も深く心したい。

 ヘミシンクの内容を、霊界通信(チャネリング)としてみると、あらゆる時空を越えた情報を得ることができると思われるが、霊媒の潜在意識がそのままヴィジョンとして投影される場合と低級霊が霊媒の潜在意識を利用してヴィジョンとして見せる場合があると思われる。霊媒本人が気付かない情報の混在や低級化を避けるために、類魂として常に傍らで指導監視する守護霊(ガイド)に感謝し、日々の祈りの中でコンタクトをより意識的に高めていかなくてはなるまい。いくつになっても迷いの人生、曲折の人生であるが、一歩一歩アセンションを意識して死の瞬間まで進まねばなるまい。日々理性的であれ!純粋であれ! 

「神のために自分を役立てようとする人はみな神の霊媒です。(中略)隣人を愛することです。人の為に役立つことをすることです。自分を高めることをすることです。(中略)内部に宿る神性を発揮させることをすることです。それが最高の霊媒現象なのです。霊視能力者になる方法よりは、神の光が見えるように魂の眼を開く方法をお教えしましょう」(シルバー・バーチの霊訓4から)

(8)スピリチュアリズムによる検証=霊的身体とチャクラについて=

 古神道の四魂説、神智学の説く多次元身体観は、スピリチュアリズムの身体観(シルバー・バーチの身体観)とは、似て非なるものであるという。結論から言えば、エーテル体・アストラル体・メンタル体・コ_ザル体といった分類は、正しくなく、空論ということになる。神智学では、地上人は、霊体(霊的身体)と肉体を共有するが、死後、霊体は、そのバイブレーションの違いにより、七つの階層の一つで生活するので、その階層に応じた七つの霊体が必要になる。ところが、シルバー・バーチは、霊界は階層の区別が無く、グラデーション的に移行するので、霊体もグラデーション的に変化する。つまり、霊体は、一つであるとしている。幽体(霊体の低い状態)の死は、肉体の死とは異なり、同一体として低級なものから徐々に浄化されて精妙になっていく連続的な無限の過程を取るようである。そして、このグラデーション的な変化はヘミシンクのヴィジョンでも確認されたことは、過去の日記で述べた通りである。(「スピリチュアリズムの見解1ーヘミシンクとの一致点 」参照)

 スピリチュアリズムでは、人間を霊体と肉体の二重構造の存在であると定義しているが、この点もロバート・モンローが指摘するようにヘミシンクで認められた。ところで、両者の間には幽質の接合体が存在する。睡眠時にこの部分が、分離し、いわゆるシルバーコードが形成される。肉体が死を向かえない限り、このコードは無限に伸び、幽体離脱しても戻ることが、可能である。肉体の死後、この幽質接合体の一部は、霊体に付くが、徐々に分解していく。この接合体が、分解できないでいると、霊体は自縛霊になったりする。
 
 チャクラは、タントラ・ヨガや神智学における重要な概念であるだけでなく、ニューエイジでは、常識的な事実であるが、シルバー・バーチもマイヤースも否定的である。つまり、チャクラという霊的な独立器官は存在しないとしている。第三の目とか太陽神経叢という引用はあるけれども、あくまでもチャクラとは、前出の幽質接合体上のエネルギー通路としての接合点にしか過ぎない。そして、幽体離脱の時に生じる太い二本(頭部と腹部)のシルバーコードは、第三の目と太陽神経叢との各々を結ぶものだ。
 たとえば、第三の目は、太陽の光線の下では、非常に活発に反応する。この状況で、目を閉じて、霊視した時、まるでロケットの噴射口を直接見ているように霊的エネルギーが体内に流れ込んでいるように見える。ヘミシンク・ワークで明確に体験された第三の目の活性化は、透視能力や直感力などの向上に役立つようであるが、位置的に第六チャクラと一致しているので、地上から見るとチャクラという器官として見えるのであろう。
 
「自然に成長し、自然に進化していくのです。程度の低い要素が高い要素に、その場を譲っていくのです。何度も死に、何度も誕生するのです。幽体は肉体の死と同じ過程で失われていくのではありません。低級なものが消えるにつれて浄化され、精妙になっていくのです。それが幽体の死です。そもそも死とは、変化であり復活であり、低いものから高いものへの上昇です」(シルバー・バーチの霊訓4から)

(9)スピリチュアリズムによる検証=先祖供養について=

 先祖霊救済について述べる前に、平均的な死についてのストーリーを確認したい。
 死直後は、ほとんど意識を失っている。死の睡眠から覚めると、ぼんやりと自分の遺体を見つめているが、死の自覚ができるまで、意識の混乱が続く。やがて、死を自覚すると、霊的な意識が再生してくるので、他界している親戚縁者などが周囲に見えてくる。半覚醒状態の中で、守護霊などに連れられて、幽界の安息所で、意識の波動調整のため、休息を取る。ここで、霊的な法則に従い、利他的行為を基準にして、生前の行いにつて自省する。いわゆる霊界での審判である。この後、本格的な幽界での生活となるという。
 いかにスムーズに幽界に適応できるかは、生前に霊魂不滅などの霊的な知識があるかどうかが鍵となる。実際、平均的な人間は、霊的な知識が不足しており、幽界での適応期間に時間がかかり、問題が多いそうである。
 生前、霊的真理を学ばず、唯物的で刹那的な生き方をしてきた人々の中には、死の自覚の無いまま、幽界下層で、地縛霊となる人々がいる。独裁者、極悪人、極端なエゴイストや動物的な肉主霊従者、自殺者、盲目的な宗教家などは、ここで、意識が彷徨うことになる。そして、本当の先祖供養とは、自分の先祖の地縛霊を救済することだという。
 神の支配する霊界は、利他愛の世界であり、こういった囚われの人々にも救済の道が開けている。
これには、二つのケースがあるという。

1) 独裁者、極悪人、極端なエゴイストや動物的な肉主霊従者などは、幽界で、想像を絶する苦悩の反省を経て、カルマの法則に従い、多くは漆黒の世界に生きることを止め、地上への再生により、自ら苦難の境涯を選択する。再生して、これを克服することにより、救済の道が開ける。
2) 自殺者は、死後を認めず、頑なに意識が閉ざされているため、多くは幽界下層で苦しみながら光の届かぬ暗黒の世界で生きるが、苦しみ抜くことで、カルマが償われていく。

  幽界下層には、こういった地獄のような囚われの世界が多数あり、霊界上層から多くの救済霊が、降りてきて、彼等に働きかけて、救済活動にあたっているわけだが、この場面には、ヘミシンクでも遭遇できるし、体験もできる。
 しかし、霊的な覚醒が起きた地縛霊は、今度は、周囲の自縛霊である低級霊と戦わなければならない。カルマが重ければ重いほど、苦難の戦いを強いられるが、これを克服することにより、償われることになる。自己のエゴとの戦いでもある。
 実際の自縛霊の救済は、霊界における霊人たちの直接的な奉仕活動となっており、強力に組織的に行われている。地上人は、あくまでも間接的な役目程度として認識して良いようだ。そして、地上人ができる補助的な供養としては、二つある。

 1)霊的知識を持った地上人が先祖である彼等に愛の念を送ることである。幽界下層に生活する波動の低い地縛霊には、波動がより近い子孫の地上人の純粋な念の方が届きやすい。そして、従来の儀式的な先祖供養では、ほとんど救われないという。
 2)霊障を引き起こす先祖霊に霊的知識を持った子孫が霊的真理を語って聞かせることであるが、これも救済の手助けとなる。よく言われる先祖の罪を子孫が償うというのは、間違いだそうである。あくまでも、自分で犯した罪は、自分で償わなければならない。いずれにせよ、地縛霊の意識が自ら覚醒する時期がこないといけない。救済といっても、すべてに、時期がある。 

「何千何万という人々が薄暗がりの中を黙々と力なく歩いているヴィジョンが見えてくる。戦争から逃れる避難民のようである。傷ついた者もいる。彼等は、宛も無く今も歩き続けている。続いて、戦場のシーンが見えてきた。太古からのいろいろな戦闘場面が展開されていた。ギリシャ時代、ナポレオンの時代、第一次大戦、第二次大戦のそれぞれの時代の服装をした兵士が何千何万と見える。銃や大砲を打ち合ったり、互いに刀や槍で戦い合う場面も見える。戦闘機や爆撃機も見える。彼等は、相変わらず、それぞれの想いの場所で、エンドレスの戦いを続けている。ヘミシンクでは、F23〜26に囚われの人々が様々見られるようだが、彼等も同じような成仏できない意識の状態なのであろう」(ヘミシンク体験より)

(10)スピリチュアリズムによる検証=スピリチュアル・ヒーリングについて=

 これからは、イギリスのように日本も多くの心霊治療家が現れてくるそうである。スピリチュアリズムの普及を前提に高級霊界から心霊治療を霊現象の中心に置くことが計画されているからだそうだ。
 ところで、スピリチュアリズムから見た健康観とは、霊と肉体とのバランスが取れていること(肉主霊従にならないこと)とカルマの解消を図ることだ。特に前世で作った悪いカルマの解消を図るためには、通常は、それを作った地上界で、その内容と同等の苦しみを味わう体験が必要であるという。病気と対峙し、悪戦苦闘することがカルマの解消に繋がるのである。
 一方、ヒーリングには、肉体レベル・精神レベル・霊的レベルとその働きかける対象によって、三種類のヒーリングがある。この中で、霊的レベルに働きかけるヒーリングを、スピリチュアル・ヒーリングと定義し、これは、最も高次の魂の治療を行うヒーリングである。そして、治療主体は、霊界の霊医である。
 霊医からの治療エネルギーは、患者の第三の目である松果体や太陽神経叢を経たり、潜在意識を利用して流れ込む。その際、ここが通常の肉体レベルの治療とは、大きく異なる点だが、患者の方が霊性に目覚めて、悪いカルマが解消されていることが必要だという。病気がヒーリングによって完全に治ったと言えるのは、患者側に必然性があるということだ。すなわち、治るべくして治ったということである。そして、肉体レベルの治癒には重きを置かない。
 また、仲介するヒーラー側は、あくまでの神の使徒として働くという謙虚さ等のいわゆる霊性の高さが要求される。

 ところで、ヘミシンクでは、第三の目など主要チャクラが徐々に開かれる可能性があるので、霊的真理を受け入れる素地ができていれば、霊的なエネルギーをスムースに受容できると思う。すなわち、活用の仕方によっては、自他ともに魂の健康が得られる可能性を秘めている。 

「心霊治療の目的はいたって簡単です。魂の琴線に触れることです。身体は癒えても魂が目覚めなかったら、その治療は失敗だったことになります。たとえ身体は治らなくても魂に何か触れるものがあれば、その治療は成功したことになります」(シルバー・バーチ霊訓9より)
             
           (以上ブログ「アセンション2012」から転載編集)



(主な参考文献)
1) スピリチュアリズム・レター(スピリチュアリズム・サークル 心の道場発行)7号、9号、10号、14号、16号、18号、19号、21号。
2) シルバーバーチの霊訓1卷〜12卷