心のサークル(blog版)

心のサークルは、スピリチュアリズムを学べますが、オープンな初心者向です。

「幽界訪問記」講演会抄録

 平成30年一般財団法人福来心理学研究所第4回定例会を11月10日(土)に幽界訪問記という演題で、開催いたしました。その時の抄録を以下に転載します。


 

 27年度及び28年度例会において垣間見た死後世界という演題で、お話しましたが、今回、これをまとめた形で創栄社から出版 致しました。「死んでも死なない~肉体が無くなっても魂は、永遠に生きる・幽界訪問記108話~」というタイトルで、30年8月から販売されています。本書は、夢日記のようなものなのですが、ここで扱ったのは、いわゆる明晰夢と言われるものです。特に明晰夢下では、体外離脱(幽体離脱に同じ。)が起り易いと言われ、ヘミシンクのように幽界という死後世界の体験も可能です。

 今回、私としては、これらの夢体験に対して、通常行うような心理学的分析ではなく、スピリチュアリズム的分析を行い、一般の方にスピリチュアリズムというものを理解していただきたいという意図が、あります。また、もう一つの意図は、この体験記は、私が長年信奉しているスピリチュアリズム的解釈の下に読者に死後世界を疑似体験してもらいたいと考えております。

 まず、ご存じない方のためにヘミシンクスピリチュアリズムそしてスピリチュアリズムから得られた死後世界の真相について少し解説してから、本書の幽界訪問記について述べさせていただきます。

                                                                

(1)ヘミシンクとは?

 ヘミシンクとは、ヘミスフェリック・シンクロナイゼーション(半脳同期)の略です。分り易く述べれば、ヘッドホンを使って、左右の耳に若干振動数の異なる音を聞かせる。その時に、脳幹でその差に相当する信号(耳では聞こえない信号)が作られ、左脳と右脳が同調するというものです。

 4ヘルツ前後の脳波領域では、体外離脱、過去世体験、未来世体験、死後世界体験、ガイドとの遭遇等の体験ができます。たとえば、4〜8ヘルツは、シータ波に相当し、瞑想状態の時に出現します。ヘミシンクは聴く人を瞑想状態のような変性意識に導くことができます。また、ヘミシンクでは、意識の分離状態をフォーカスと名付け、数字が上がると意識の分離状態が深くなります。

 「スピリチュアリズム」とは、「心霊主義」と訳されます。人間の死後の霊魂の存在やその科学的根拠を信じることを意味します。本来は、「霊的に浄化する」という意味の「スピリチュアライズ」(Spiritualize)に由来するので、ここでは、スピリチュアリズムのまま用いています。関連団体として、日本には財団法人日本心霊科学協会日本スピリチュアリスト協会等があります。

 スピリチュアリズムは、霊界からのチャネリング(霊界通信)から得られた霊的真理を説いています。世界三大霊訓と言われる「シルバー・バーチの霊訓」「モーゼスの霊訓」「アラン・カルディックの霊」等を思想的背景とします。

  • 幽界の真相

 近代スピリチュアリズムにおける死後世界の分類を述べます。現在の心霊学的に見た死後世界の分類では、コナン・ドイルの分類を参考にすることが一般的です。地上に近い方から、アストラル界(幽界)、メンタル界(霊界)、セレスチャル界(神界)に別れます。特にアストラル界(幽界)について述べますと、地上界の次に位置し、中間帯、ブルーアイランド、地球圏最高界と大まかに別れます。
 ヘミシンクでいう死者の意識と対比すると、フォーカス26までが、幽界中間帯、フォーカス27からブルーアイランド、フォーカス35から上が霊界ということになると個人的には思われます。

 幽界以下を虚相の世界、霊界以上を実相の世界として、シルバー・バーチは、霊界こそが、実像だとしています。

  • 幽界訪問記

 幽界の世界で、起きること、見られること等を述べてみます。特に幽界下層は、地上に非常に良く似た世界で、自分が死んでいることを自覚していないと、生きているように錯覚してしまう世界です。しかしながら、スピリチュアリズム的視点で観察するとその違いを理解できます。項目別に述べてみます。

1)食堂

 死後、最も関心のあるのは、食べる事ではないかと思います。肉体がないので、自然と食べなくなる、あるいは、食べる必要が無くなるようですが、地上での習慣が染み付いているので、食に関係するものに執着するようです。たとえば、食堂や料理店もその一つ。食べるというのは、肉体を持った人間としては、最大の欲であり、楽しみと言えるでしょう。

2)ホテル

 食の次は、肉体を休めるために、寝る場所が想い浮かびます。もちろん、幽界では、肉体が無いので、寝る必要も無いし、眠くはならないようです。そういう意味では、人間の本体である霊体は、不眠不休です。ホテルや旅館は、自宅と違って、旅の目的の一つとして期待感を持って訪れます。いろいろなホテルや旅館があり、食だけでなく、温泉があったり、施設として様々な工夫が凝らされています。

3)病院

 人間にとって、病気との戦いは、死ぬまで続きます。そのために、地上においては、病院や診療所の存在は、欠かせません。通常は、死後、肉体を失っても、ショックを和らげる措置として、一時的に意識の眠りに入るため、幽界においても治療の場として、病院や診療所が、存在し、多くのヘルパー(救助霊)が、待機しています。しかし、医療従事者が、亡くなった場合、病院の形態や内容は、生前からの意識の状態が、反映されてしまいます。表向きは、良心的な医師を装っていても幽界では、本性が出てしまいます。本人の最も強い意識が出ると言ってもよいでしょう。また、幽界は、とても広い世界なので、いろいろな診療所や病院が存在します。

4)マラソン

 趣味や癖は、あの世に持ち越される事が多いです。私の場合は、きっと幽界でもマラソンをしているでしょう。昨今の日本でのマラソンブームは、多くの幽界人にも反映されているでしょう。むしろ、地上は、幽界の影絵と言われるので、向こうこそマラソンブームかもしれません。マラソン好きは、マラソン好きの世界へ体外離脱して生前から行くでしょう。マラソン好きのあなたは、今晩も夢の中でマラソン大会に参加しているかもしれないのです。

5)幽界下層

 ここは、地上にもっとも近接した幽界です。そのために、幽界上層と比べると波動が、地上のように鈍重で低い世界だと言えます。ここで暮らす霊人達の意識は、低級であり、囚われていることが多い。死の自覚を持たず、何かに執着して、一人で孤独に暮らすか、更には、自殺者のように漆黒の世界に自分を閉じ込めて長年月をそこで苦しむ人たち。あるいは、戦争で同時に死んだ兵士たちのように集団で今も戦いを続けているような世界です。はたまた、ある宗教の信者達だけで作る疑似天国のような信念体系領域もあります。

 幽界の上に存在する霊界のような本来の戻るべき世界を知らぬまま、そこに居心地の良さを見いだして暮らしています。しかし、ひとたび、その世界に疑問を抱くようなことが起きると、周囲にいるガイド達やヘルパー達に気が付き、彼らの助けを得て、この世界から脱却することができます。

6)家

 地上界で暮らしていた家は、幽界でも欠かせないようです。幽界人は、眠ったり、食べたりすることが徐々になくなっていきます。このため、地上的な家としては、外観は、美しい理想的な建物が多いですが、居場所としては、シンプルなものになります。意識の世界なので、その人に生きた時代や好みが反映されます。

7)ツーリング

 ツーリングもまた私の青春時代に凝った趣味の世界ですが、やはりバイクは、人生で一番輝いていた時代の思い出の道具です。バイクで旅行した時が、特に印象深く昔のページを開き返すことができます。しかし、やはり幽界は、地上に良く似た錯覚するような世界ではありますが、地上とは、何か違うところがあることも地上人として気が付いていたい。たとえば、幽界人達が、死の自覚があるかどうかが大きく影響します。

8)学校

 私は、小学校から通算すれば、大学は、10年いたので、22年お世話になったことになります。この間、昔は、土曜日も半日授業があったので、祝祭日以外は、一番長く過した場所と言えるかもしれません。幽界にも多数の学校があり、いろいろなケースに対応しています。たとえば、若くして死に今生で学び切れなかった学習をさせてくれる場所もあります。地上のように、教育だけでなく、研究の場としても欠かせん。そこには、ちゃんと先生役のヘルパー達がいます。学校や研究室の形態も彼らが、暮らした時代に応じて、多種多様のようです。

9)治療

 幽界には、医師団がいて地上人の治療に対して多大な影響を及ぼしています。特に地上人は、睡眠中にその恩恵に預かっていることが多い。よく病気は、夜寝ながら治るといますが、まさにそれです。医療系の研究施設では、ガイドとして守護霊や指導霊がいて、特に指導霊は、職業に関係すると言われます。さしずめ、私は、歯科医師なので、既に亡くなって幽界や霊界にいる歯科医師あるいは医師が、背後から援助してくれている可能性が大いにあります。更に私は、気診という気功術を施術するので、亡くなった気功家や整体師も手伝ってくれていると思われます。生前の職業を利用して他人を助けようとする利他愛に燃えるヘルパー達もたくさんいます。もちろん医療系の研究所もたくさんあり、地上に応用できる治療法を研究しています。新しい治療法が見つかると頭に突然浮かぶインスピレーションや夢の中で情報を送ってくれるようです。

10)観光

 地上界と同じように地上を観光することはもちろんできますが、幽界の観光地もたくさんあり、そこを訪れることもできます。外国人は、やはり外国人同士で集まり、しばらく生活しているので、そういった異国の観光もできます。特殊な遊技場や動物園などももちろんあり、たくさんの人が集まっています。地上時代に行けなかった常夏の国や南国のパラダイスももちろん経験できます。私も死後、あちらの世界に行く時は、肉体から自由になりどこへでも行けるので、地上も含め、いろいろ見て回りたいと思っています。

11)震災

 私は、今回の東日本大震災の被災者でもあります。診療所は、海から1キロのところにあり、全壊してしまいました。幸い、この地域には、4メートルの堤防があったため、海から来た7メートルの津波に何らかの抵抗を示し、多くの建物が、残ることができました。私の家も建物が残り、一階の診療所は、全壊でしたが、二階の自宅は、大丈夫でした。このため、震災後約1年後に改修して住んでいます。ただ、人口も半減してしまいましたが、私が校医をしている小学校や中学校は、4年目に再開しました。地域の復興に医療は、不可欠です。震災後は、無医村化した被災地が多い中、約5年後、診療所も自宅の隣に新築して、再開することができました。

 さて、震災で約2万人の方が、亡くなられてわけですが、震災後7年以上経過した現在、多くの方々が、地上を離れ幽界におられると思われます。そもそも幽界は、一次休憩所のようなところで、肉体の死に対するショックアブソーバー的な役割を果たしています。震災直後は、死の自覚が無く、混乱した意識状態の方が、多いと感じられましたが、徐々に回復して落ち着いてこられているようです。

12)教訓

 地上生活で不足した部分を補う教育係もいます。これもガイドやヘルパーの仕事です。一方で、幽界での生活は、地上の垢を落とす癒しの場としての役目もあるので、徐々に地上での生活を思い出しながら、いろいろと反省させられるでしょう。意識だけの世界であるので、自分が最も暮らし易い場所を選ぶことができます。二度と艱難辛苦の地上になどに戻りたくないと、ここに来て間もない頃は、多くが、そう思うらしいですが、徐々にまた地上での生活が懐かしくなり、地上に戻りたくなるようです。地球人は、輪廻転生のサイクルからなかなか脱却できません。カルマの問題もありますが、様々な教訓を学びながらも、いろいろな執着がそれをさせます。

13)幽界上層

 私の経験では、幽界上層は、実に美しい世界です。スピリチュアリズムでは、地上は、霊界の影絵にしか過ぎないと言われますが、筆舌に尽くしがたい世界とは、ここのことを言うのでしょう。癒しの世界ですので、やりたいことが、何でもかないます。そのため、いつか飽きる時が来ます。それが、次の世界へ旅経つ時です。地上へ戻るか、上の世界である霊界に行くか。すべては、自分で決めることになります。それまで、思う存分楽しんでいただきたいと思います。幽界は、かつては、精霊界と言われました。あくまでも精霊界は、霊界への中間帯でしたが、近年人の意識の唯物化に伴って、多くの人の意識が長くここに囚われしまい、拡大して行った中継基地であると言えます。少なくとも、死後スムーズに幽界上層へ行きたいものです。

14)宗教

 地上の宗教を信ずる者は、死後、囚われの世界である信念体系領域に陥る可能性が高いようです。ここでは、教祖を中心としたピラミッド形の階級世界を形成します。世界は、自分の宗教で統一されたと錯覚するような疑似天国です。他の世界から隔絶した信者だけの世界なので、多くの信者は、居心地の良い安住の世界だと思うでしょう。やがて、教義に矛盾あるいは疑念を感じて、この世界から旅経ちたいと思う者が出て来ます。しかし、宗教団体から脱会する難しさは、これを妨害しようとする信者の抵抗等のため、地上の比ではない場合もあるようです。地上にいる時に宗教の持つドグマに陥らぬことです。常に内なる神である理性に従い、疑ってかかる姿勢が大切であると思います。

15)過去世

 幽界に来ると、意識が何かに囚われていなければ、自分の関連する過去をすべて思い出すそうですが、類魂説に従うと、潜在意識の中に閉じ込められている大いなる自分を自覚するようになるそうです。厳密な意味で言えば、過去世は、地上で言う所の個性を持った自分では無く、つまり、自分の類魂が経験するとスピリチュアリズムでは、言われています。ただ、広義で言えば、自分の過去世ということになるかもしれません。地上は、修行の場であるので、職業だけでなく、家族でも親子とか立場が逆転したり、いろいろな経験があるはずです。

 16)高所恐怖

 高所恐怖症に限らず、海が怖いとか、理由も無く極端な恐怖を感じるのは、どうも過去世が関係している場合が、あるようです。私は、ヘミシンクのワーク中に何度かその場面を見せられました。過去世の中で、高所恐怖は、高い所から落ちて死んだり、海の場合は、南方の島で、津波で溺れて死んだとか、そういった致命傷になった体験があるようでした。もちろんスピリチュアリズム的に言えば、自分の体験というよりも類魂の体験を共有していると考えられます。幽界では、肉体から解放されるので、潜在意識にある恐怖や不安の感情(マインド)を取り去ってくれるような癒しの体験ができるようです。

 17)幽界の人々

 幽界には、いろいろな世界があるようにいろいろな意識を持った住人がいます。地上的思考から離れられていない場合が、多いので、意識が囚われています。もちろん地上人も夜な夜なそこを訪れて会話をしたりしているわけですが、目覚めると忘れてしまいます。地上の友人同士で会話することもあるし、見知らぬ外国人とも会話できます。不慮の事故や災害で死んだ人も当然訪れます。現幽交通は、実は、頻繁に行われていますが、忘れるか、目に見えないので、気が付かないだけなのです。親しかった故人にも会えます。やがて、幽界の住人もその思い出深き幽界を離れる時が、必ずやって来ます。

                           (文責 上原 忍)

第99回 心のサークル報告

 

【と き】  20181125日(日)、14時~17

 【ところ】 貸し会議室 スペイシー

 【参加者】 進行:US、記録:SK

 USHMGS、MM、IKSK       以上6

  【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会 

 

 

 

いよいよ第99回を迎えました!

次回はついにメモリアル! 100回目を迎えます。

思えば長い年月が過ぎました。

これまで台風の日も、記録的な大雪の日があったにも拘わらず、どなたも中止になるとは考えもせず、靴下までビショビショに濡らして集まった日々のことを思い出します。

私たちがこの会に来ることをどれだけ大事にしているかという証拠だなぁと思っています。

北海道で活躍されているAさんに改めて感謝します。

 

さて、今回はいつもの歯科医師会館が使えず、貸し会議室を利用してみました。

はじめての場所だったのでみんな迷わず来てくれるかなぁと心配しましたが、6人が集まってくださいました。ありがとうございます。

仙台駅近くだったので、とても地の利がよく、古いビルのわりにはお部屋がとても清潔で明るく、落ち着くお部屋だなぁと思いました。

 

IKさんが誘導瞑想をし、シルバーバーチの祈りは、USさん眼鏡を忘れたため、代わってMMさんが唱え、読書会始まりです。

 

 

 

シルバーバーチ霊訓 第8巻 

解説 “再生“と“前世”についての誤解

 

訳者・近藤千雄さんの解説13頁ほどですが、スピリチュアリストの重鎮からの大切な提言が書かれていると思いました。

 

今、霊的な関心が高まっている時代です。

さまざまな角度やレベルで、スピリチュアリズムが語られ広まっています。

しかし、その中にはまったくの出鱈目であったり、認識不足、勘違い、思い込みの代物がたくさんあり、ニセ霊能者にうっかり騙されたり、愚にもつかないことを信じてしまう危険についての提言です。

目に見えないものを信じるスピリチュアリストにはそれを見分ける感性が必要になると思うのですが、「疑う目」を養うのも重要なことだと思われます。

また、誤った認識でスピリチュアリズムを語ることも大変危険で迷惑な行為となるので気をつけねばなりません。

加えて、霊界のレベルはあまりに高いため、それを説明するには地上世界の言葉では足りない、その単語すらないという状況のため、シルバーバーチでさえどの言葉を使って伝えようかと苦労するということを漏らしています。

それなので、人間たちはそれぞれのレベルで勝手に理解してしまっているために、同じスピリチュアリストでも、見解がかなり違うこともあります。

とても繊細な感性が必要だなと感じています。

 

さて、そのなかで興味本位に語られる「再生と前世について」を近藤先生は次のようにまとめておられます。

 

  • 人間には前世はわからない。
  • たとえわかっても何にもならない
  • 再生問題は人間があげつらうものではない
  • 悪ふざけをして喜ぶ低級霊団の存在

 

知ってどうする——。なるほどですね。なにごとも動機が大切ですが、なぜ知りたいか? と考えますと、ゴシップ的な興味、と言われても否定できないかもしれません。重鎮からの厳しい戒めを頂いたような気がします。

 

過去生で何をしてきたのか、今生でどんなカルマが働いているのか、その神秘に接してみたいと私も思いますし、実際に教えてもらったこともありますが、過去生が見えるからといって霊能者に自分の人生の舵を預けてしまうことのないようにしなければならない、ということへの提言かなと思いました。

 

肉体をもって生きているからには、地に足をつけて生きることが大事であって、過去生や秘儀にばかり焦点をあてても意味がないということかもしれません。

 

自分の前世が誰だったかという話になると、みな有名人や有識者ばかりをあげる。私はこれまで12人のマリーアントワネットと会ったが、横丁のおじさんだったと証言する人と会ったためしがない。

という笑い話を書かれています。

確かに、人類のほとんどの人はただの人なのですから、前世だって無名の一般人が多いのが当たり前のはず。つまり出鱈目を教えられていることが多いということ。後で述べますが、低級霊にまんまと騙されている証拠かもしれません。

 

逆にこんな現象があると書かれています。

 

偉大なる霊がまったく無名の生涯を送ることがよくある。ほんの身近な人たちしか知られず、一般世間の話題となることもなく、死後はだれの記憶にも残らない。その無私で高潔な生涯は人間の模範とすべきほどのものでありながら、それを証言する者は一人としていない。そうした霊が一介の工場労働者、社員、漁師、あるいは農民の身の上に生をうけることがある。これといって人目につくことをするわけではないのだが、それでいて類魂の中心霊から直接指導を受けて、崇高な偉大さと高潔さを秘めた生涯を送る。かくして、先なる者が後に、後なる者が先になること多しということにもなるのである。

 

私はこの記述に大変心を打たれました。

人間の常識とは全くちがう価値観が働いているところが、霊界らしさを感じます。

地位、名誉、職業、性別、地域、人種、生い立ちなど、すべて無関係。

魂の輝きだけが価値のあるものなのです。

 

自分が昔お姫様だったなどと自慢に思って、溜飲を下げたりしたところで何にもならない。それこそ地位にこだわる低次元の話なのでしょうね。

 

そんな軽薄な興味にあたら時間と精神とを奪われるよりも、五感を中心として平凡な生活に徹することである。そうした生活の中にも深刻な精神的葛藤や身体的苦闘の材料がいくらでもあるはずである。それと一生懸命取り組んでいれば、ごく自然な形で、つまり無意識のうちに必要な霊的援助を授かるのであり、それがこの世を生きる極意である。

 

平伏したいほどの一文でした。

平凡な生活に徹する。一生懸命。これでいいんですね。とかく何かを為さなければ! と思い焦ってしまいますが、一日一日、自分の仕事を丁寧に、黙々とやること——こう書いただけで身が引き締まる思いがするのですから、きっとそれは尊いのだと思います。

 

弱き立場にこそ高潔な魂が生まれる。つまり、弱き立場こそ尊いともいえます。平凡こそ尊い

平凡を一生懸命。案外難しいのでは? 自分の小さな役目を卑下して手を抜いたり、いい加減に終わらせたり、おざなりになってはいないか? ほんとうに真摯に向き合っているか? もう一度考え直してみたいと思います。

 

 

偉大なる霊も、肉体に宿るとそれまでの生活の記憶を失ってしまうものである。そうした霊にとって地上への誕生は一種の自己犠牲ないしは本籍離脱の行為といってもよい。

そうした霊が死後向上していき、ある一定の次元まで到達すると前世のすべてが(知ろうと思えば)知れるようになる、というのがシルバーバーチの説明である。

 

偉大なる霊でもこうなのですから、人間が少々霊能があるからといって、そう簡単に前世が分かるものではないということについて、何人かとても素敵で尊敬するミディアムを知っているので、全員の話ではないと思いますが、偽物は多いですから、見分けることは大事だと思います。

 

人間はとかく霊というものを人間的興味の観点から詮索しようとするものである

世の中のニュースをみていると、人間の興味の対象がどれだけ低いかよくわかります。

 

悪ふざけをして喜ぶ低級霊団の存在。

 

この存在については本当に注意すべきことだと思われます。

邪霊集団の存在があることの記述の後に

 

言い残したものにもう一種類の霊団がある。悪ふざけ、茶目っ気、あるいは人間を煙に巻いて面白がる程度の動機の集団で、邪霊というほどのものではないが、良識に欠ける霊たちが降霊会にもっともらしく、見せかけの現象を演出し、名を騙り、意識的に間違った情報を伝える。

邪霊というほどのものではないが、良識に欠ける霊たちであり…

 

良識に欠ける霊…(^_^;)。なんか笑ってしまいました。

人間にも良識に欠ける人がいるのと同じですよね。

低級霊に騙されないように高級人間にならないと! なーんちゃって(#^.^#)

 

腑に落ちないことは信じない。

疑う。

自分で考える。

 

これが大事だと思います。

 

真理の道を授かるにはそれを見分ける理性を磨くしか道はないのかなと考えます。

そして、自分をも常に点検すること。波動が下がっていないか? 低級霊に踊らされていないか? 自分を盲信していないか? こだわりをなるべく無くし、いつでも自由になれるようにしていたいと思います。

そして、分からなくなったらシルバーバーチの霊訓を読み、軸を整えたいです。

 

 

最後にこの一文を

 

五感はたしかに鈍重であるが、それなりの安定性はある。それに引き替え、霊能というのはきわめて不安定であり、肉体の健康状態、精神的動揺によって波長が変化し、昨日は高級霊からのものをキャッチしていたのが今日は低級霊に騙されているということがある。まさに両刃の剣である。

 

以上、第99回の読書会報告終わります。

 

次回は第9巻へ突入です!

終了後には忘年会も予定されてます。

よろしくお願いします。

 

 

 

 次回 第100回 心のサークル お知らせ

 

【と き】  2018年 12月23日(日)、14時~17時 

【ところ】 宮城県歯科医師会館(仙台市青葉区国分町1-5-1) 4F和室

 

入り口は正面玄関ではなく裏口になります。

入口表示板に、部屋がどこか書いてあります。ご確認お願いします。

窓口に医師会館の方が常駐していらっしゃいますので、

わからない時は声をおかけください。

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(9)』第一章の読書会 

【持ち物】 上記書籍をご持参ください。

【参加費】 喜捨

【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。

 日常を離れた空間で、ともに学びましょう!

新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。

【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com

又、これまでのメンバーの皆様は、出欠係の柴田までご連絡ください。

 

第98回 心のサークル報告

【と き】  20181028日(日)、14時~17

 【ところ】 宮城県歯科医師会館 4F 和室

 【参加者】 進行:US、記録:SK

 USHMGS、MM、SK       以上5

  【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会 

 

この日の参加者は5名。

常連のメンバーが数名お休みで、少しこじんまりでした。

でも、先月体調不良でお休みだったGSさんが元気な姿を見せてくれたので ほんとに嬉しかったです。

今年もあと残すところ2ヶ月。早くも忘年会の日程の相談も始まりました。今年も終わるんだなぁと思うと、なんとなく寂しくなります。そして、いよいよ冬。これからが我慢の季節。また始まるのだなと、覚悟を決めるのは北国の独特の感想なのかなとふと思いました。

冬を憂鬱と感じるのはその寒さと日の短さだと思います。それを思うと一年中常夏の国の人々は時が過ぎていく悲哀みたいなものは、もしかしたら無いのかもしれないと想像しますが、実際どうなんでしょうね?

 

USさんがシルバーバーチの祈りを唱え、読書会始まりました。

 

シルバーバーチ霊訓 第8巻

7章 愛すべき仲間たち———動物

 

前回の続きを読みました。190Pからです。

動物は下等なのか? 人間より劣るのか? という質問。

動物にはよく“下等”という言葉が付けられますが、人類より本当に劣っているのでしょうか? まだ人類と同じ進化の段階まで到達していないのでしょうか? と申しますのは例えば犬には人間に対する無私の献身と忍耐という資質があります。これはわれわれも大いに学ばされます。進化の道がまったく異なるのでしょうか?

「いえ、進化は全生命が一丸となって歩むものです。進化の法則はたった一つあるのみで、生命活動の全側面を規制しております。P199

と述べたあと、

一つの視点から観れば動物は“下等“と考えることができます。しかし、それですべての検証が終わったわけではありません。

動物に教えられることが多いのは当然のことです。動物は忠誠心、愛着心、犠牲心、献身といった資質をけなげに表現しますが、これは人間が学ぶべきすばらしい手本です。しかし人間にはそれらを意識的に、そしてもっと高度に発揮できます。なぜなら、動物よりも意識の次元が高いからです。ただし、ここでも霊的意識のことではありません。」

犬たちの忠誠心がどれだけ素晴らしいか、皆が認めるところであります。存在だけで人を癒し、なかには人間よりずっと立派に仕事をしている犬もいるのですから、下等だなどと簡単には言えないですね。

「一つの視点から観れば…」という言い回しに私は感心しました。単純な質問ほど簡単には答えられないという経験はよくありますよね。質問する側はイエスかノーで答えが返ってくるだろうくらいの気持ちで気軽に質問しますが、答える側にすると、そんな簡単な話じゃないのだがなぁ、困ったなぁと頭をフル回転させることがあります。そんな場面に出くわしたときの答え方として、シルバーバーチは上手いなぁと感心しました。

相手の理解力に合わせて説くというのは至難の業なのだろうと思います。大学の授業を中学生に教えようとすることを考えるとそれは容易に想像できます。霊界の最上界に住むシルバーバーチは、最下層ともいえる地上の私たちにいつも根気強く、適切な言葉を選んで伝えてくれています。改めてその苦心に対し敬意を表したいです。

USさんが、東日本大震災で捜索活動をした警察犬の話を話されました。

あの時の目を覆う惨状には、犬たちも強いストレスを受けたのだそうです。

生きている人を探すのが任務なのに、周りは死者ばかり。混乱と恐怖に見舞われたのかもしれません。また、危険なものだらけの瓦礫の山の上で靴を履かない犬たちの足はあまりに無防備でした。それでも任務を遂行した忠誠心。本当に頭が下がるばかりです。それこそ無私の心ですね。人間よりずっと真面目で、まさに愛すべき動物たち…です。

 

第7章では動物愛護運動に生活を捧げているご夫婦が招かれていました。

権利を主張することのできない動物たちの代わりに、その権利を守ってあげる活動、それがとても大変な仕事であること、どれだけ立派なことをしているかについてお二人を称えています。

お二人が生涯を傾けておられる動物は、究極的には人間が責任を負うべき存在です。なぜならば人間は動物とともに進化の道を歩むべき宿命にあるからです。ともに手を取り合って歩まねばならないのです。動物は人間の貪欲や道楽の対象ではないのです。動物も進化しているのです。

自然界の生命はすべてが複雑にからみ合っており、人間の責任は、人間同士を超えて草原の動物や空の小鳥まで及んでいます。抵抗するすべを知らない、か弱い存在に苦痛を与えることはぜひとも阻止しなければなりません。

装飾品にするために動物を殺すことは、神は許しません。あらゆる残虐行為、とりわけ無意味な殺生は絶対に止めなくてはなりません。物言わぬ存在の権利を守る仕事にたずさわる者は、常にそうした人間としての道徳的原理にに訴えながら闘わなければいけません。小鳥や動物に対して平気で残酷なことをする者は、人間に対しても平気で残酷なことをします。P204

 

毛皮のコートが消えつつあります。もっとも、まだそれを好む愛好家はいますが、人々の認識はだいぶ変わってきたと思います。これは動物愛護運動家の活動の成果であり、人間の意識の変化のひとつなのでしょうね。

しかし、問題は毛皮だけじゃありません。たとえば、皮の鞄、皮の靴、冬には欠かせない羽毛。かく言う私もダウンジャケットの軽さと温かさは手放せませんし、皮靴も履くし、皮のバッグも持っています。それに、肉も食べます。

今の私のレベルはこの程度。謙虚に受け止めなければならないと思います。

それにしても、新しいダウンジャケットが店頭に山のように並んでいますが、どれだけの動物が犠牲になっているのでしょうね。

いずれは野生動物と人間との共存共栄があたりまえのこととなる日がくるのだそうです。

愛が愛としての本来の威力を発揮するようになれば、すべての創造物が仲良く暮らせるようになります。地球という生活環境を毒し問題を発生させる不協和音と混沌のタネを蒔くのは、人間という破壊主義者、人間という殺し屋です。すべての問題は人間がこしらえているのです。

私が破壊主義者であり、殺し屋であることを認めないわけにはいきません。このことについては、宿題だなと思います。

せめて、すべての命に敬意を払うことができるようになりたいです。けれども、そうやっきにならず、自然に。向上は一昼夜でできるものではないと思うからです。

私たちが目をつむっているのは動物だけではありません。世界では栄養失調で死んでいく多くの子供達や、戦闘地域で明日の命の保証もないまま、恐怖の中で脅えている人々が、今、この瞬間に存在しています。同じ時間、先進国の我々は呑気にお茶を飲んでいたりするのです。

遠い国の人だけではありません。身近にも悲しみや、孤独、さまざまな恐怖で助けを求めている人がたくさんいます。もしかしたら、助けることができるかもしれないのに、どうすればいいのかわかりません。でも、お金で助けるのには限度があるでしょう。やはり、魂の救済なのだろうなと思いますが、どうすれば伝えられるのでしょうか。

スピリチュアリズムが貧しい人や病気の人々にも広まり、命が永遠だということと、今の苦難にはちゃんと意味があり、無駄ではないこと、必ず埋め合わせがあることを知ってもらえたらと思います。そうすれば苦しみを受け入れることができ、光を見出すことができるかもしれないのです。

今の境遇を愛することが出来れば、魂が救われることができるはずと思うのです。

以上、第7章の感想でした。

 

次回の心のサークルは会場がいつもとは別の場所で開催されます。

迷わずにお集まりくださいね!分からない方はSKまで連絡ください。

 

次回 第99回 心のサークル お知らせ

 

【と き】  2018年 11月25日(日)、14時~17時 

【ところ】 貸し会議室 スペイシー

仙台市青葉区中央3丁目8-5 新仙台駅前ビル312号室

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会

解説 “再生”と“前世”についての誤解

【持ち物】 上記書籍をご持参ください。

【参加費】 喜捨

【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。

 日常を離れた空間で、ともに学びましょう!

新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。

【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com

又、これまでのメンバーの皆様は、出欠係の柴田までご連絡ください。

第97回 心のサークル報告

 

 

【と き】  2018930日(日)、14時~17

 【ところ】 宮城県歯科医師会館 4F 和室

 【参加者】 進行:US、記録:SK

 USHMIK、MM、WMKMOTSK       以上8

  【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会 

 

IKさん企画で、今回はたくさんのゲストがいらしてくださいました。

14時から始まる本サークルの前に、12時から、気診勉強会、「宮城気友会」があります。その会にヒーラーのFさんが招かれ、ヒーリングのデモンストレーションがありました。

そのまま14時からの読書会のメンバーにも、特別に集団ヒーリングをしてくださいました。

ラッキー♡

気友会でのヒーリングはかなり素晴らしかったらしく、USさんはやすらぎの世界まで連れて行ってもらったのだそう・・・。うらやましい話です。

 

読書会での集団ヒーリングはIKさんのアンマの瞑想とコラボ。

まわりの空気が揺らぎ、霊体をマッサージしてもらったような感じでした☆

ありがとうございました。

雑談中、Fさんにシルバーバーチをお読みになったことがありますか?と伺ったところ、

いろいろな本を読んだけれど、「シルバーバーチの霊訓」をいちばん信頼していて、「今はこれだけ」、と仰ってました。

ベテランのスピリチュアリストでFさんと同じように語る人は大変多いです。

高級霊の本はたくさんあって、それぞれがとても素晴らしいのですが、私の主観ではシルバーバーチの霊訓はそのなかでも、一番、理性的でシンプルという印象があります。

「基本」って感じでしょうか。

基本の大切さは、さまざまな分野でも共通して言えることだと思います。

基本と応用。

基本を学んだあと、応用へ向かい、ある程度習得したとき、ふと基本に立ち返る。

ベテランになった視点で基本を読み直すと、以前は軽く流していた事にこそ重大な記述があったことに気が付く。以前よりも深く感動することができる。そういうことがあると思います。

ヒーラーFさんが、シルバーバーチを愛読している事を知って、やはり、みな同じ道程をたどるんだなぁと納得しました。

さて、USさんがシルバーバーチの祈りを唱え、読書会開始です。

 

シルバーバーチ霊訓 第8巻

7章 愛すべき仲間たち———動物

 

この章は大変長いため、2回に分けて読むことにしました。

今回は178p~190pまで。

 

地球には人間だけが生きているのではありません。動物、植物、昆虫たちも生きています。身近には犬や猫、そして、人間が食糧にしている、豚、牛、鶏、魚の存在。それらの命たちも人間と同じ大切な魂。けれども地球は弱肉強食の世界。他の命を食している現実があります。

神はなぜ弱肉強食というむごたらしい世界を作ったのか?との問いは、神に思いを馳せるものにとって、必ず考える大きな疑問ではないでしょうか?

この疑問に既成の宗教は納得のいく答えを出すことができていません。

絶対的善で絶対的な力をもつ神なら、公平な世界を作れるはずだ。それなのに理不尽が横行するのはなぜなんだ!!という思い---。そんな難問でも必ず答えてくれるのが、シルバーバーチ霊です。そんな存在と毎週交流していた降霊会。あまりにも贅沢すぎて当時のメンバーたちが羨ましいです。(毎回同じことを書いているような気が…^^;よほど羨ましいということなんです^^)

 

愛すべき動物たちが人間によって実験材料にされています。人間の仲間である無抵抗の動物たちを冷酷非情に虐待する人間。白衣をまとった科学者、研究者は動物の魂に対して想いを馳せたことがあるのか?と不満を述べたあと、こう質問しています。

なぜ弱肉強食というむごたらしい生き方があるのでしょうか?p178

摂理は完全です。たとえ人間にはその顕現のすべては理解できなくても完全です。永い経験で私は自然の摂理には何一つ不完全さがないことを知りました。無限の叡智と無限の愛によって生み出されたものだからです。これまで何度も申し上げているように、創造活動のありとあらゆる側面に対応した摂理が用意されており、何一つ、誰一人として忘れられたり、ほったらかされたり、見落とされたりすることがないのです。

その一つである進化の法則は、存在と活動の低い形態から高い形態への絶え間ない進行の中で働いております。低い動物形態においては、見た目には残忍と思える食い合いの形をとりますが、進化するにつれてその捕食本能が少しずつ消えていきます。先史時代をごらんなさい。捕食動物の最大のものが地上から姿を消し、食い合いをしない動物が生き残ってきております。これにはもうひとつ考慮すべき側面があります。そうした動物の世界の進化のいくつかの面で人類自身の進化がかかわっていることです。すなわち人類が進化して動物に対する残忍な行為が少なくなるにつれて、それが動物界の進化に反映していくということです。

とにかく摂理は完全。今見える現象だけで判断するものではないということです。

興味深いのは恐竜が絶滅したのは進化の法則が関係していただなんて、どんな科学者も推測したことがないですよねー。

進化の途中の不完全の中で生活している私たちは、命の大切さや尊さを謳いながら、動物の命を毎日食しています。

また医学生たちは、人の命を救うために動物の命を犠牲にしています。

こんなふうに矛盾だらけの現世。けれども、摂理は完全。そう私は信じます。なぜなら、直感がそれを正しいと伝えてくるから。説明はできないのですが…。その直感を支えてくれるのが、シルバーバーチの存在です。目に見えない霊の世界があるということを伝えてくれているから、信じられるのだと思います。

これを無神論者と議論したとしたら、きっとかみ合わないだろうなぁ。ただのロマンチスト、空想、空論、だと言われるのがオチです。

霊界が存在することは真実。でも、信じるか信じないかは自由。みんなが信じないからといって霊界が無くなってしまうわけでもないのですから、いいのです。あるものはある。真実は頑固です。

議論をして統一させようとするのは無意味だなぁと最近思うようになっています。違いを観察し合って、多様な価値観を眺めること。それこそが人生という旅の風景。異文化交流です♪

 

降霊会メンバーはシルバーバーチにこう食い下がります。

自分の生命を維持するために人間は植物の生命を奪い、動物の卵や乳を横取りし、もっと酷いこととして、動物を殺して食べざるを得ません。こうした強引な言わば、ドロボー的な生き方は、あなたがよく強調なさっている理性を反撥させずにはおかないのですが、これを、“愛の造物主”の概念とどう結びつけたらよいのでしょうか?p188

(それにしても、遠慮なく聞きますね~。喧嘩を売っているようにも聴こえますが、シルバーバーチ霊は冷静です。^^)

自分たちで勝手に動物を殺しておいて、神がそうせざるを得なくしているかにお考えになってはいけません。どちらにするかはあなた方が決めることです。動物を殺さないと生きていけないというものではありません。が、いずれにせよ、答えは簡単です。そうした問題をどう処理していくかによって人類の進化が決まるということです。自分たちのやっていることに疑問を感じるようになれば、その時、あなたの良心が答えをだします。--以下続く。

小気味いいですね^^

世の中の摂理には自由意思が許されています。一方的に善を押し付けられるのではありません。私たちは選べるのです。

最終的に完全へ進んでいくのだろうけれど、不完全の中で悩み、苦しみ、そして自分たちで解決策を模索し、苦労の末に進化を辿る。

「困難な道だからこそ価値があるのです」……でしたね^^

でも、案外、進化しているかもしれません。 

かつては当たり前にあった動物実験も犬や猫の実験は大幅に減り、今はねずみでの実験が主流になったそうです。

もちろん、ねずみだからよいというわけではありませんが…。

つまり、人間の良心は、今はその程度の段階なんですね。進化はゆっくりと進むのだと思います。そのうち動物実験は全部なくなるのでしょう。

戦前は戦争捕虜を使い人体実験をしていたのですから、それを思えば確かに進化しているなと思います。

今回のリポートは以上です。次回もよろしくおねがいします。

 

 

次回 第98回 心のサークル お知らせ

 

【と き】  2018年 10月28日(日)、14時~17時 

【ところ】 宮城県歯科医師会館(仙台市青葉区国分町1-5-1) 4F和室

 

入り口は正面玄関ではなく裏口になります。

入口表示板に、部屋がどこか書いてあります。ご確認お願いします。

窓口に医師会館の方が常駐していらっしゃいますので、

わからない時は声をおかけください。

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会:7章の残り

【持ち物】 上記書籍をご持参ください。

【参加費】 喜捨

【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。

 日常を離れた空間で、ともに学びましょう!

新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。

【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com

又、これまでのメンバーの皆様は、出欠係の柴田までご連絡ください。

 

 

第96回 心のサークル 報告

【と き】  2018826日(日)、14時~17

 【ところ】 宮城県歯科医師会館 4F 和室

 【参加者】 進行:US、記録:IK

 USHMGS、YY、SK、IK       以上6

  【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会 

 

IKのマーオーム瞑想を行った後、USさんのシルバーバーチの祈りを行い

読書会の開始です。

 

シルバーバーチの霊訓集 8

6章 質問に答える(二) ― 死後の生活 ―

 

霊と霊の関係

 

  • 死後には肉体がない。
  • 肉体がないから、食べない。飲まない。
  • 交信方法は、以心伝心。(ただし、交信レベルは霊的に同じのもののみ。)

 

霊訓集によく出てくるこの死後の説明があるが、なるほどと思うことばかり。特にこの交信方法について。交信レベルは霊的に同じもののみしかできないといいます。

つまり、この現世でいろんな人と交流ができる体験は貴重なんだなと私は思っています。同じレベルの人だけでは、成長もなければ苦労もないような気がする・・・。楽でいいんだろうけど。

 

霊界で相手を認識する時に「顔」もあるし、「形態」もある。でも、見るものが霊的な目によって見えるのだそうです。

霊界に行ってからも、身体が必要なのは自我を発揮するため。なんか嬉しいですね。

個人の存在が、いっぱひとからげではなく多様性を持って迎えられているそんな気がします。

 

私達は睡眠によって、霊界に行っているようです。死ぬ準備は睡眠中に行なわれているとも言えます。

 

霊界は美しい場所で、素晴らしい音楽や色彩があると言います。ああ、でも、私達はどうもそれを覚えていないようなのです。霊界旅行のことは、潜在意識では全て覚えているらしいのですがそれはこちらの世では思い出せないらしい・・・。

 

87 シルバーバーチの言葉より抜粋

 

「私たちは「生命とは霊である」というところから出発いたします。私たちの世界はあなた方の世界と同じく霊というものがあってはじめて存在しているのです。その霊は無限です。したがって無限の権現をしています。」

 

無限の権現・・・。なぜ、この壮大な言葉に繋がっているのかは後からの霊言の内容で解明されます。

 

パーソナリティとインディビジュアリティ

 

地上にいる間だけのパーソナリティ(確定した人物像)が

 

93 「あなたがおっしゃるのは、人間という頂点に達するまで一個の霊があらゆる生命形態を通して表現されてきたという意味でしょうか」

-そうです。

「あらゆる生命体というのであれば、それは私がインディビジュアリティ(霊的統一体)としての個霊としてはかぎりません。」

 

人間として特定の人物だったはずのヒトが、実はインディビジュアリティ(霊的統一体)としての個霊だったとは?

 

個霊としての進化の目的は完全性を成就することです。でも、これは無限に続くというのです。

 

この進化をわかりやすく説明しているのが、以下の箇所だと思いました。

 

9495  シルバーバーチの言葉より抜粋

「インディビジュアリティの側面は地上で見せる人物像だけとはかぎらず、他にもたくさんあります。それを、地上を去ってより高い存在の場で進化しながら権現しつづけていくのです。個性が発言すればするほど地上で見せた人物像は消えていきます。霊格が高くなればなるほど、あなた方が容姿から連想して画くところの人物像が消えていくのです。(省略)

 

こちらの世界はそちらからやってくる人たちによって構成されております。そちらから未発達霊を送りこんでこなければ何一つ問題は起きないのですが、現実には何の準備もできてない、適合性に欠ける無知な霊を次々と送りこんでおります。小学校で学ぶべきだったことを大人になって教えるのは、なかなか難しいものです。(いつまでたっても物分かりが悪い霊がいるその結果として)あなた方地上の人間は最高から最低にいたる、ありとあらゆる霊的影響力にさらされることになります。が、実際に引き寄せるのは自分と同じ霊格を持った霊だけです。邪悪な人間は邪悪な霊を引き寄せ、心清き人は心清き霊のみを引き寄せます。それが自然の節理なのです。

 

前半部分の個霊が地上を去って霊格が高くなる様は、ガイドスピリットとなり人の役に立つ様のようです。

後半部分の引き寄せの法則に関しては、「自分の生き方を引き締めよ」とシルバーバーチから助言されているように感じました。それが、自然の節理なんだぞと!

邪悪な人間(とまでいわずもがな)に出会ったら、自分の意識の問題なんです。

ただし霊的に未熟な人間に出会って、助けを求められた場合は私はできるだけ嫌な顔をしないで自分のできることを行いたいと思っています。

私たちは、机上論ではいけないと思うのです。個霊として進化することが目的なら、小さいところから行うべきではないかと思うのです。

私はまだまだ未熟で、この章の魂のあり方や死後のことが理解しているとは言えないと思います。

でも、1個だけわかる・・・。ガイドスピリットやシルバーバーチの深い愛を感じたら、その行いを自分で真似ることです。

いつも前向きに愛と思いやりをもって、目の前の人生を生きて行こう。謙虚になろう。あらためて、そう決意しました。

 

この章では他に、「人類浄化の大計画」や「神々の世界」のシルバーバーチの言葉がありますが今回はこの個霊としての進化までを自分なりにまとめてみました。

読んでいただいて、ありがとうございました。

 

  • (おまけ)心のサークルのコメント集です♪

(´艸`*)

  • 「愛について定義してください」とあるパーティの場所で若者に言われ、夜中まで話し合ってきました。(IK)

 

  • 「愛について」文章を落としこまないといけない。(SK)

 

  • 「ルシアの恩心」という子どもむけの絵本がある。(US)

 

  • 「ありがとう」の反対が「当たり前」。「愛」の反対は、「無関心」。(SK)

 

  • 「愛」は、能動的イメージを持っていたい。(SK)

 

  • 自分よりも他人を愛することができれば、「最も嫌いな人を愛せるか?」(US)

 

 

  • 哀しみは美しいと思う。病気の人に祈ってあげるのも、「愛」です。(SK)

 

  • 「ヒーリングで身体を治しても、霊的に目覚めなければダメ」とシルバーバーチも言っています。(YY)

 

  • 西洋医学では、「死の概念」を言うと弾劾されています。(HM)

 

  • 帯津良一先生の医療者の3条件。1、パワー 2、ヴァルネラブル(傷つきやすい・弱い) 3、メメントモリ(死を思え) 私たちは、傷つきやすく弱いことが大切ではないか?(IK)

 

  • 暴力思想の人に対しては、どうしたらいいですか?(IK)

 

  • 暴力=楽しい人は、やめないのでは?(SK)

 

  • 死の自覚がないと、この世にそのままいることになる。(US)

 

まだまだメンバーの熱いコメントはつきませんが、本日はこの辺でおひらきにします。

ありがとうございました。

 

 

次回 第97回 心のサークル お知らせ

 

【と き】  2018年9月30日(日)、14時~17時

【ところ】 宮城県歯科医師会館(仙台市青葉区国分町1-5-1) 4F和室

 

入り口は正面玄関ではなく裏口になります。

入口表示板に、部屋がどこか書いてあります。ご確認お願いします。

窓口に医師会館の方が常駐していらっしゃいますので、

わからない時は声をおかけください。

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会:7章

【持ち物】 上記書籍をご持参ください。

【参加費】 喜捨

【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。

 日常を離れた空間で、ともに学びましょう!

新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。

【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com

又、これまでのメンバーの皆様は、出欠係の柴田までご連絡ください。

 

 

 

第95回 心のサークル報告

【と き】  2018722日(日)、14時~17

 【ところ】 宮城県歯科医師会館 4F 和室

 【参加者】 進行:US、記録:SK

 US、ST、HM、UH、GSIK、MM、SK       以上8

  【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会 

 

 

この日は35℃の暑い日でした!

今年の夏の異常さは、もう言い飽きてますね^^

それでもまだ仙台はよいほうで、どんなに暑くても、夜中過ぎると涼しくなることが多いので助かります。

先日、関東で頑張っている当サークルのSさんと電話で話をする機会がありました。

「こっちは40℃ですよ!」の言葉に、最初、その数字にピンとこなくて、体温かと思い、病気? と心配しかけたのですが、気温とわかり、そっか、そういうことかと思いました。

その日仙台は28℃くらいだったので、Sさんの地との差は10℃以上。

暑い地域の方々のご辛抱に頭が下がる想いです。

今回は長崎のUHさんが久々に参加してくださいました! 密度の濃い時間を過ごせそうな予感のする始まりでした。

IKさんのアンマの瞑想とUSさんのシルバーバーチの祈りで、読書会スタートです。

シルバーバーチ霊訓 第8巻

5章 質問に答える(三)

 

みんなで音読することは本当に気持ちのいいものです。

余計なことを考えず、すでに在る言葉に集中する。そんな時間は、霊力との同調がされているのかもしれませんね。

 

この章での質問はバリエーションに富んでいて大変刺激になる章でした。

人種問題

愛と寛容

真の道徳の基準

人口中絶と避妊

植物人間と安楽死

自殺の問題

死刑の是非

 

シルバーバーチの訓えは厳しいという意見をよく聞きます。

読んでみるとそうでもなく、ごくごく当たり前な道徳的なことを語っているなぁと思うのですが、それでも厳しいと言われます。

つまり、当たり前が、実はとても厳しくて、崇高だということですね。

そして、当たり前が故に、誰でもが近づくことができる。そこがシルバーバーチの霊訓の魅力であり、力強さだなぁと感じます。

何が正しいのか、どちらの行動を選ぶか、どんな言葉を使うか、選択ばかりの世の中。

できるだけ正しくありたいと願いますが、何を指針にしたらよいのでしょうか。

正しきことだと信じても、その選択を非難されてしまうこともあります。

その非難に怯み、迷ってしまったとき、自分の選択に自信がなくなってしまいます。そんな時に何を支えにすればよいでしょうか。

5章の冒頭でシルバーバーチはこう言っています。

 

「私は自分で正しいと信じて行動するかぎりそれは許されるという考えに賛成です。人間には例外なく神の監視装置が組み込まれています。道義心(良心)と呼んでおられるのがそれです。それがあなたの行動が正しいか間違っているかを教えてくれます」P120

 

自分の内なる心に問えばいいということですね。

本当にそれでいいのか? そこで頼りになるのは動機。 

少しでも不純な動機が入っていると確かに胸に痛みを覚えます。そして、それを無視すると、後悔がもれなくついてきます^^

これまで何度もそのサインを無視して後悔したこと多々。

動機を考える。甘え、いつわり、損得、ごまかし、自己憐憫が少しも混入していないか? よく考えることが大事だと思います。

痛みを感じた時、それは霊界からのサイン。つまりサポートされている証拠。神秘との遭遇ですよね。感動の瞬間です^^ 

選択とは、カルマ解消のためのゲームなのではないかとも考えます。つまりチャンス。克服すべきことは、早めに克服したほうがいいにきまっていますよね~。意識して日々をすごせば少しは向上するかなぁと思われます。

 

さて、選択のレッスンの後は、愛と寛容です。

右か左かではなく、容量の問題。これは上級コースと思われます。

無限大に進化することができます。

 

寛容性は霊性の神髄です。偏狭な信仰のあるところに霊性はありません。p125

 

寛容になれれば素敵だろうなぁと憧れますが、自分の狭量さにいつも悩まされます

残虐行為や邪悪に対して寛大であってはいけないはずだ、との質問がありました。寛容とは何かを知る必要があります。

 

悪や残忍さや不正に対して寛大であれという意味ではありません。相手は自分より知らないのだという一種の我慢です。

人間は往々にして自分のしている事の意味が分からずに、全くの無知から行為に出ていることがあるものです。そこがあなたの我慢のしどころです。しかし、その我慢は悪を放任し黙認してしまうことではありません。それは我慢ではなく、目の前の現実に目をつむることです。真の意味の寛大さには洞察力が伴います。そして、いつでも援助の手を差し伸べる用意ができていなければなりません。

 

「一種の我慢」

このへん難しいですね。どう解釈するか読み手によって様々な気がします。

目をつむることではない我慢。洞察力がともなう我慢。なんとなくわかるような気がするのですが、ぼんやりとそのイメージは霞んでいます。現実社会で、実際の私たち個人的なそれぞれの障害を、どう我慢して、どう反応すべきか、悩みどころだなぁと感じます。

様々な価値観の坩堝の中で暮らしていると、毎日が摩擦と言ってもよいと思います。受け入れがたいことを強要されたり、同調を求められたとき(しかも、それが社会の常識だったり、権力者が絡むとそのハードルは高くなります)、どうすればいいのかわからなくなります。

自分の価値観を貫くべきなのか。相手の価値観の尊重はどうすればよいか? 戦うべきか。戦いたくないと思うのは弱虫か? 逃げなのか?

こちらが相手を尊重したとき、すかさず相手は自分の価値観を押し付けてきたりします。先手必勝。大声を出したほうが勝ちみたいなことが現実だったりします。

紳士的であろうとしたほうが我慢ばかりするようになる。損をしてばかりってことになりがちだなぁと思います。

寛大については、すごく難しいテーマだなぁと思います。

これについて、もっと語りあいたいと思いました。ぜひ、みなさまのご意見寄せていただければ嬉しいです。

You tubeでスピリチュアリストEさんの動画を何気なく見ていましたところ、そこで語られていた内容が、少しヒントになりました。

相容れない相手と時間を共にするという経験。それも感動なのだということです。不自由な経験も感動。

感動とは喜びだけではない。悲しみや孤独も感動。それは学びであり、大切な経験なのだと。…なるほどですね。

問題解決だけが人生ではないかもしれないですね。味わうことも重要な学びなのかもしれません。

 

人口中絶と避妊、植物人間と安楽死、自殺の問題。貴重なテーマばかりでしたが、最後の「死刑の是非」について、丁度たくさんの死刑が行われたばかりだったので、しばらくはその話になりました。

シルバーバーチは死刑についてこう語ります。

 

霊の教訓として私が躊躇なく述べていることは、殺人を犯したからといってその犯人を殺してよいとことにはならないということです。地上の人間は正義と復讐とを区別しなくてはいけません。

 

あれだけの事件を起こした責任はどうすればよいのでしょうか。

命をもって償うしかないというのはその事件の被害の重大さを考えると確かにわかるのだけれど、人には命を奪う権利は与えられていません。たとえ国家であっても。

私の解釈ですが、死刑は犯罪者の魂にたいしてなんの反省や向上も与えず、それどころか、来世でも同じ罪を犯してしまう原因になってしまったり、その恨みのエネルギーが暗黒界に利用されたりしてしまうからなのではないかなぁと思ったりします。

しかし、極悪人であっても必ず守護天使に見守られているはず。罪が償われて浄化されるまでどれだけの年月がかかるのでしょうね。

 

ワンネス。一人が向上すると全体が向上します。それを知っているスピリチュアリストはその「一人」にならなければならない責任があります。

一歩一歩丁寧に生きたいと思います。けれど、あまり気負わず、気楽に、そして謙虚に力強く。

今回の報告はこれまでです。では次回まで、皆さま、よき時間をお過ごしくださいませ。

 

次回 第96回 心のサークル お知らせ 

【と き】  2018年 8月26日(日)、14時~17時 

【ところ】 宮城県歯科医師会館(仙台市青葉区国分町1-5-1) 4F和室

 

入り口は正面玄関ではなく裏口になります。

入口表示板に、部屋がどこか書いてあります。ご確認お願いします。

窓口に医師会館の方が常駐していらっしゃいますので、

わからない時は声をおかけください。

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会:6章

【持ち物】 上記書籍をご持参ください。

【参加費】 喜捨

【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。

 日常を離れた空間で、ともに学びましょう!

新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。

【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com

又、これまでのメンバーの皆様は、出欠係の柴田までご連絡ください。

 

第94回 心のサークル報告

【と き】  2018624日(日)、14時~17

 【ところ】 宮城県歯科医師会館 4F 和室

 【参加者】 進行:US、記録:SK

 USSTHMGSIKMMSK        7

  【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会 

 

同じ会場で、USさん代表の気診の会が12時から開かれており、そのすぐ後が、心のサークルですが、今回の気診の会でなぜだがあちこちから差し入れがあったらしく、おにぎり、おいなりさん、おしんこなんかを、皆さんでいただいていたようです。

私も、ご相伴にあずかりまして、おいなりさんをひとつ。

大変おいしく頂きました。ごちそうさまです。

 

MMさんが、お持ちくださいましたハワードウィルス著・「生命の贈り物」の中から「祖先のために」の祈りを読んでくださいました。

同じ文言を3度繰り返す祈り。

感謝します。感謝します。感謝します。

祈りの言葉に、身を委ねました。

そして、私は、それを聞きながら、この世を去った霊の皆様が今日一緒に読書会に参加してくださるように願いました。

 

最近、アランカルディックの「天国と地獄」の本を読みました。霊界で罪を償っている霊たちが、他者からの祈りを熱望しており、真理の法則を知りたがっていることを知りました。

地上で霊界の勉強をしている集団を、頼りにしている霊たちがいるようです。

この読書会にも、シルバーバーチの言葉を聞きたくて集まってくる霊たちが、たくさん集まっているかもしれないなぁと思いました。

いつも出席者○人と記録していますが、もしかしたら目に見えないたくさんの霊たちも耳をすまして参加しているかも!?と思うと、有意義な議論をしなければ! なんて、急に身が引き締まったりしました。

USさんがシルバーバーチの祈りを唱え、読書会始まりました。

 

シルバーバーチの霊訓 8

4章 「質問に答える(二)」

 

この章は大変長くて、41頁。

輪読していた時間は約50分。

読み始める前は、長すぎるので2回に分けてもいいかもしれませんね、などと言いながら始めたのですが、実際に読み始めると、全然長く感じず、むしろもっと読み続けてもよいような気持ちよさで、とても集中していて、一種のトランス状態になったような気がします。

シルバーバーチの言葉を口に出してなぞるわけですから、高い波動を自らが発しているわけなので、これはとてもよい浄化になっているのだなと今更ながらに思いました。

家でも音読してみるのもよいかもしれませんね。

 

STさんが、シルバーバーチはやはり的確に人生の意味を語る!と称賛され、107ページのこの文章を抜き取ってくださいました。

人生そのものの根本の目標が進化であり発展であり成長であり学習なのです。進化するごとに、それまでの役目を果たしてきた身体が自動的に脱け落ちて、その進化した段階にふさわしい身体をまとうのです

4章の中にはたくさんの珠玉のメッセージがあるので、私などは、これ! となかなか選べないのですが、なるほど、この文章はシルバーバーチの訓えのエッセンスの中心中の中心ですね。

人生の目標は進化。それに尽きますね。たしかに。

人類浄化の大計画が実行中

計画は完璧です。なぜなら、その立案にあたって完璧な叡智が働いているからです。しかし、それを実現させるにはさまざまな要素を考慮しなければなりませんから、当然の成り行きとして、その進展は遅々としたものにならざるを得ません。自由意志、カルマ、運勢、好み----こうしたものがすべて考慮されるのです。

中略

明日のことを思い煩うことはおやめなさいと申し上げるのです。いかなる困難、いかなる障害、いかなるハンディキャップ、いかなる反抗に遭遇しても、又、いかなる愚かさ、いかなる無知、いかなる迷信がたちはだかっても霊の力によって、万事、かならずうまくいきます。

“いかなる○○”----心の中から、これらの事すべてを一掃したら、肩のこりや、くいしばっていたあごの力は抜け、肉体は軽くなり、自然な自分に戻り、光の存在として一日を過ごすことができるかもしれません。

想像するだけで軽やかになってきます。心配や取り越し苦労をしない生活は健康にもよさそうですね。

なぜ取越し苦労するのかというと、安定への執着なのかなぁと私は思います。

前回読んだ3章にこんな文章が書いてあります。訳者、近藤千雄の注釈です。

食べて働いて寝るだけの物的な生活を超えて、何のために生きているのだろうと言う疑問をはじめた時点からその段階に入るものと私は理解している。

そのうち、“自分はこれでいいのだ”という得心ともあきらめとも悟りともつかないものを自覚し、同時に生きる意欲が湧いてくる。シルバーバーチはそのことを言っているのであろう。

下線部分に私はすごく共感しました。

さて、この章も前回と同じように死んだあとの世界への質問・応答が多数です。

霊界を知るということは、地上での生きる意味がわかります。

多くの人は存在理由も分からずに生きているのですが、近藤先生が仰るように理由を知りたいと思った瞬間から霊的な人生を始めることができるのだと思います。

それはとても幸せなことだと思います。

 

不具に生まれた妹についての質問。

なぜ、妹は40年間もそういう醜い状態で地上生活を送らねばならなかったのでしょうか。

 

こういう質問はほんとにたくさんの人が、状況を変えながらも共通に思っていることなのだと思います。なぜ、自分は生まれながらに不幸なのか?  

なぜ?

一度きりの一生。(ほんとは違いますが…)、それなのに不公平な世の中。

理不尽を感じますが、スピリチュアリズムは、この件を明確に説明できます。

不公平でもなんでもなく、その魂がそれを選んで生まれてきたのですから、予定通りなのです。

シルバーバーチはこう答えています。

この種の問題は本当は個人的感情を抜きにしてその原理を直接扱えば簡単に片付くのですが、それが出来ないのが残念です。地上に生を受けているいかなる人間も代償の法則、ときには懲罰とも言うべきものから逃れることはできません。ある段階において必ず霊的な貸借の差引勘定が行われ、貸し借りなしの状態となります。そちらで欠陥のあった人はこちらでそれ相当の埋め合わせがあります。 P111

カルマの法則があるのだろうなぁ、だから本人以外には言えないのだろうなぁと思いました。

不具に生まれて生き切ることで、浄化され、霊性進化の道を進むのだろうなぁと思います。

さまざまな困難は、魂を磨くための道具。

法則が正常に機能していること。

むしろ信頼と感謝をもって向き合えばよいのだろうなぁと思うのです。

もちろん実際は大変ですけど…、それを選んだということは勇気ある魂なのだと誇りをもてれば、それだけで向き合い方が違ってきます。

希望が生まれます。

前回の報告でシルバーバーチは「死をなぜ禍だと思うのでしょう。むしろ、死は解放であり、おめでたいことなのだ」という訓えがありましたが、困難、生涯もきっと同じなのでしょうね。

困難な状況にいる人がいたら、「今、魂を磨かれているんですね! ご苦労様です! ありがたいことですね!どれだけ進化するか楽しみですねー」みたいな声掛けをしてもよいくらいなのかもしれません。

それにしてもスピリチュアリズム———場所を間違えて発言すると大変なことになりかねないですね^^。一番肝のところで常識と真理はかけ離れているということでしょうね。

 

次回 第95回 心サークル お知らせ

 

 

【と き】  2018722日(日)、14時~17時 

【ところ】 宮城県歯科医師会館(仙台市青葉区国分町1-5-1) 4F和室

 

入り口は正面玄関ではなく裏口になります。

入口表示板に、部屋がどこか書いてあります。ご確認お願いします。

窓口に医師会館の方が常駐していらっしゃいますので、

わからない時は声をおかけください。

【内 容】 『シルバー・バーチの霊訓(8)』の読書会:5

【持ち物】 上記書籍をご持参ください。

【参加費】 喜捨

【参加者】 シルバー・バーチの霊訓に関心があり、向上進化を目指す方どなたでも。

 日常を離れた空間で、ともに学びましょう!

新しく参加希望の方は、本ブログコメント又は下のメール宛へご連絡頂けますと幸いです。お気軽にお尋ね下さい。

【メールアドレス】 kokoronosakuru@gmail.com

又、これまでのメンバーの皆様は、出欠係の柴田までご連絡ください。